なぜダブルトップやラティスの音は批判される?ギターの音色の好みを分ける脳の科学

ファンブレーシングやダブルトップ、ラティスブレーシングのギターが展示された研究室の画像 楽器
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クラシックギターにはさまざまな製作者や演奏家がおり、その掛け合わせで多様な音色が生み出されます。トーレス、ハウザー、ラミレスなどの歴史的名器は一般的に「良い音」と評されますが、ダブルトップやラティスブレーシングといった新構造のギターは好きではないと感じる方が少なくありません。でもそもそも人によって好き嫌いが分かれることを疑問に思ったことはないでしょうか?同じ人間にも関わらず音の好みが個人によって大きく変わる理由を科学的に解説します。

この記事を書いた人
かーる

クラシックギター歴35年、国際コンクール入賞経験を持つ演奏家・レビュアー。「ヘルマン・ハウザー2世」や「ヘスス・ベレサール・ガルシア」を愛用し、演奏者視点で忖度ない機材レビューを発信中。弦のレビュー数は70種類以上。
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身体的・生理的な聴こえ方の個体差

まずは身体的・生理的な観点から音色の好みが分かれる理由を解説します。

そもそも人によって聴こえている音が違う

実は人間は同じ音源から出る音を聴いても、一人ひとりそれがどのように聴こえるかは個体差があります。

しかも鼓膜で聴いた音が脳でどう処理されるかによる違いではなく、そもそも鼓膜に届く音が違うのです。

この音源から鼓膜に届くまでの音響的な伝達特性の変化を「頭部伝達関数(HRTF: Head-Related Transfer Function)と呼びます。

研究によると特に高音で個人差が大きく、2kHz以上の周波数帯からHRTFの個人差が顕著になり始め、10kHz以上の高音域においては個人間で最大で20dBもの音圧の違いが生じているとのことです(参考:IEM EQ Guide)。

この差は耳の形状によって生じます。耳の穴の長さ、太さ、曲がり方、耳たぶの形状などは指紋と同じく誰一人同じではありません。耳はいわばリコーダーやフルートのような管楽器のようなものであり、長さや太さなどが音程や音色に影響するのです。

少し古い実験ですが、1988年に行われた成人40人に対する測定では以下のようなばらつきが報告されました:

測定パラメータ意味個人差の範囲 音色評価への影響
共鳴ピーク周波数高音域が一番強調される音の高さ。この音域をピークに周りの音域が強調されて聴こえる。2035 Hz ~ 3579 Hzピークが低い人は中音域の厚み(温かみ)を、高い人はアタックの鋭さを強く知覚する。
共鳴の増幅量 高音域が強調される強度。大きいほどほかの音域に比べてこの音域が大きく聞こえる。13 dB ~ 24 dB増幅量が大きい人は特定の倍音を「耳障り」と感じやすくなる。
共鳴の帯域幅強調される音域の広さ。1/3オクターブ ~ 2 1/3オクターブ帯域が広いほど、全体的な音の明るさや開放感を広く強く感じる。
人によって異なる聴こえ方の要素

たとえば共鳴の増幅量が大きい人は小さい人に比べ、「キンキンした音」を感じやすい傾向にあります。すると、高音がはっきり出る楽器は好まない傾向にあるかもしれません。

また、たとえ共鳴の増幅量が同じでも共鳴ピーク周波数が異なれば、同じ楽器の音を聴いてもキンキンする音の気になり方が変わるでしょう。

したがって、同じ空間で同じギターの音を聴いていてもそもそも鼓膜を振動させている物理的な音が根本から違っており、「あの人とは意見が合わない」ということが起きても仕方ないのです。

年齢と経験による聴こえ方の変化

人間は年を取ると音が聞こえづらくなるということはよく知られていますが、実は加齢によって低音域に比べて高音域がより顕著に聞こえづらくなります(参考:Elased, et al., 2026)。

そして高音域が聞こえづらくなると同じ音を聴いても立ち上がりが鈍く、暗い音色として感じられるようになります。

すると「心地よい」と感じる音のスイートスポットが音程が低く、倍音が少ない方向へと移動していくのです。

また、経験による脳の変化も音色の好みの個人差を生みます。

人間の脳は訓練によって音の解析をつかさどる聴覚野が強化され、倍音構成のわずかな違いやアタックとサステインのバランスなどをより高い解像度で知覚できるようになります。

実際、37人を対象に行った2週間のリスニング訓練の前後を比較した実験では骨導聴力閾値が平均12 dB、気導聴力閾値が3〜4 dB改善しました(参考:Schneider, et al, 2022)。

つまり、「あの人は違いが判る耳を持っている」という表現は決して比喩ではなく、ある人が「良い音」と感じる音でも「倍音が多すぎて輪郭が甘い」など違う評価になりえるのです。

心理学・脳科学の観点での違い

ここまでは「音がどう聴こえるか」までの違いを解説しました。次に聴こえた音を「美しい音」と感じるか「不快な音」と感じるかといった、脳が心地よさを感じるメカニズムの違いを解説します。

音の粗さの許容度の違い

楽器の音色が心地よいか深いかを決める音響心理学的なパラメータの1つに「音の粗さ(Acoustic Roughness)」があります。

人間の脳は完璧なものではなので、近い周波数成分の音は完全に分離できずに干渉してしまいます。これが「うなり」を生じ、音の粗さとして認識されるのです(参考:Stefano and Spence, 2022)。

音の粗さは動物の唸り声など人間に警戒反応や防御反応を引き起こす要因になり、楽器の音についても過剰な粗さは「不快」と感じられるでしょう。

実際、マイナーセカンド(半音離れた2つの音)やメジャーセカンド(全音離れた2つの音)といった和音は音の粗さが大きく、これらの和音を聴いたときには人間はネガティブな言葉に対する反応が速くなった(=警戒モードに入っていた)そうです(参考:Armitage, et al., 2021)。

ただ、適度な粗さは「太さ」「表現力」「感情的深み」につながります。

どの程度の粗さを許容できるかは文化的背景や音楽的嗜好によって完全に異なり、音の好みが分かれるのです(参考:Leguizamon, et al., 2016)。

構築された音色テンプレートの違い

クラシックギタリストを見ていると、若い世代ほどダブルトップやラティスブレーシングといった新しい構造で音色も従来と少し違う楽器を好んで使っています。

一方、年齢が上の世代ほどこれらの新構造のクラシックギターに対して否定的な意見が多いように思います。

この理由を説明するのが予測符号化(Predictive Coding)と音色テンプレートという概念です。

研究によると人間の脳は聴こえた音を受動的に処理するのではなく、次にどのような音が来るかをあらかじめ予測し、予測誤差を最小化しようとしているそうです(参考:MMN 2024)。

このためにこれまでに聴いてきた音を「音色テンプレート」として脳に保存しています。

そして、実際に聴こえた音と「音色テンプレート」差が小さいと心地よく、差が大きいと「違和感」や「不自然さ」を感じます。これがファンブレーシングのクラシックギターをずっと聴いてきた方がダブルトップやラティスブレーシングの音を受け入れられない理由の1つです。

伝統的なファンブレーシングのクラシックギターの音源を大量に聴いてきた脳は、その音色を「正解」として学習しており、そこから逸脱した音に対して大きな予測誤差を検出し、「違和感」や「不自然さ」を感じるように最適化されています。

ただ、人間は音色テンプレートと完全に一致したときだけでなく、誤差が小さくて驚きを感じるような「予測を心地よく裏切る」場合にも良い音だと感じます。決して好みが生涯にわたって変わらないわけではないのです。

過去の思い出との結びつき

脳が良い音だと感じるのは音色テンプレートと一致したときに加え、記憶や思い出と結びついたときにも起こります

感動的だったコンサート、友人や家族、恋人との素晴らしい時間を過ごしたときのギターの音など、楽器の音はさまざまな思い出と結びつきやすいものです。

これは極めて個人的なものであり、ある人にとって素晴らしい思い出と結びついていたとしても、ほかの人はそうでないこともあるでしょう。

視覚や認知バイアスによる違い

人間は音色を音だけで判断しているのではありません。視覚からの情報や、事前に得ていた知識も音色の評価に大きく影響します。

視覚と聴覚の相互作用

人間の脳は五感からの入力を独立した部位として処理するのではなく、互いを統合・補完しながら世界を認識しています。

たとえばコンサートホールの内装の色を変えると、観客が感じる音色の明るさ・暗さの知覚に影響があるという研究があります(参考:Drouzas, et al., 2026)。

より直接的には楽器の見た目も音色の感じ方に影響を与える一因です。明るい色の楽器を見ると脳は無意識のうちに高音域が強調された「ブライトな音色」を予測し、そのように知覚しやすくなります(参考:Shams and Kim, 2010)。

直感的にもゴミ捨て場に打ち捨てられているぼろぼろのギターより、展示ケースに並んだ美しいギターのほうが良い音を出しそうと感じるのではないでしょうか。

認知バイアスとプラシーボ効果

音色に影響を与えるのは五感だけではありません。

楽器のネームバリュー、製作者の知名度、使われている木材といった言語的・意味的な知識も音質評価に影響を与えます

このことを明確に証明したのがストラディバリウスを含むヴァイオリンのブラインドテストです(参考:Rozzi, et al., 2022)。

このテストでは世界屈指のヴァイオリンのソリスト10名に対し、数億億円の価値があるオールドヴァイオリン6丁(複数のストラディバリウス含む)と現代の新作ヴァイオリン6丁を目隠し状態で弾き比べさせました。

実験は目隠し状態でリハーサルルームとコンサートホールの両方で行われ、オーケストラの伴奏つきでの実験も行われました。

その結果、ヴァイオリニストたちはオールドヴァイオリンと新作ヴァイオリンを統計的に識別できず、自身の楽器の代わりに使いたい最も好ましい音として選ばれた楽器の多くが新作ヴァイオリンでした。

その差は最も支持された新作ヴァイオリンが+26ポイントだったのに対し、ストラディバリウスの中の1つは-9ポイントで最低評価だったとのことです。

クラシックギターでも裏板はハカランダが珍重されますが、実はほかの木を使っても違いが判らないという実験があります:

あなたには違いがわかる?ギターの裏板に使っている材料のブラインドテスト
ギターにおいて裏板の材料は重要とされ、その違いによる音の違いがまことしやかにささやかれています。でも、本当にあなたにはその違いがわかるのでしょうか?Leonardo Projectというプロジェクトはブラインドテスト動画を作成しています。こ…

また、最近のクラシックギターには「サウンドポート」や「サイドポート」と呼ばれる演奏者側に向かって側面板に穴があけられたモデルがありますが、24名の奏者の目隠しでの実験によるとポートの開閉による音の違いは知覚不可能だったそうです(参考:This is Classical Guitar)。

これらの実験から言えるのは、人間は音だけでなく「名器である」、「希少な木で作られている」、「画期的な機能が搭載されている」といった概念的・意味的な情報を加味して音色を評価しているということです。

もしかすると「ダブルトップっぽい音色」とか「ラティスらしく大音量」と思っているのは、認知バイアスやプラシーボ効果によるものなのかもしれません。

「音色」は楽器が出す音では決まらないので共通の「究極の音色」は存在しない

クラシックギターの音色を脳が判断する画像

ここまでの解説で分かった通り、楽器の「音色」は楽器が出す音だけで決まるものではなく、それぞれの聴き手が持つ独自の生物学的・心理的なシステムが加わって決まります

このためある人が「温かい音で最高だ」と思う音を、違う人が「こもっていて物足りない」と感じるのは当然のことです。

幸せの青い鳥が実は自分の近くにいたという話同様、「究極の音色」はそれぞれが持っているものしかありません。

ダブルトップやラティスブレーシングなどのクラシックギターの新構造についていえば、若い人たちは音色テンプレートも思い出もこれらの構造で作られているので受け入れられるのは当然ですし、年齢層が高くなればなるほど受け入れがたくなるのも納得できます。

ただ自分が好きな音色を大事にするのはもちろんですが、他人が好きな音も頭ごなしに否定するのではなく、受け入れ尊重していきたいものです。

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