今やプロのクラシックギタリストの多くが愛用するカーボン弦。フロロカーボンという素材で作られており、クリアで抜けの良い音が特徴で広いホールで弾くギタリストの強い味方です。このカーボン弦について近い将来製造と販売が規制される恐れがあるのをご存じでしょうか?EUを中心に進められている議論とその影響についてまとめます。

なぜギター弦が規制対象に?PFASとフロロカーボンの関係
まずはなぜギター弦が規制対象になる可能性があるのかについて説明します。
EUで議論されているPFAS一括規制案
背景にあるのはEUで議論されているPFAS一括規制案です。
PFASは近年、日本国内の米軍基地周辺での汚染が報道されたのでご存じの方も多いでしょう。実はカーボン弦の素材であるPVDF(フロロカーボン)はPFASの一種なのです。
このPFASには3つの環境上の問題があります:
| 問題点 | 影響 |
| 構造上の問題 | 非常に強固な構造のため、自然界の微生物や太陽光で分解されず、何百年たっても地球上にそのまま残り続ける。このため「永遠の化学物質」と呼ばれる。 |
| 製造上の問題 | 製造過程でPFOAなどの発がん性物質が必要で、排水として地球を汚染する。 |
| 廃棄上の問題 | 一般的な焼却炉(800℃前後)で燃やすとフッ化水素という猛毒の腐食性ガスや有害物質が出る。無害化には1000℃以上の特殊な超高温焼却炉が必要。 |
このように環境への影響が大きい物質であることから、EUはPFASの一括規制を行おうと検討しています。
なお、クラシックギター弦としてよく使われるもう1つの物質であるナイロン弦はこの規制の対象外です。
あくまでPFASの一種を規制する法案であって、化学的に作れらた弦すべてを規制するものではありません。
高音弦だけでなく低音弦にも影響が
カーボン弦というとクラシックギターでは高音弦を思い浮かべがちですが、最近では低音弦の芯線にフロロカーボンを使った製品が登場しています。
たとえば、ノブロックのダブルシルバーという低音弦はフロロカーボンとナイロンのコンポジット素材でできています:

サバレスのカンティーガ/カンティーガプレミアムの低音弦の芯線は「新素材」とされており、PFASが使われている場合は規制対象です:

このため高音弦はナイロン弦を使っているから関係ない、と思っていたら低音弦が販売停止になる可能性があります。
コーティング弦も規制される可能性
フロロカーボンはまさにPFASなので規制対象となるわけですが、ギター弦にはほかにもPFASが使われています。その代表が長寿命化を実現するコーティング弦です(参考:3E)。
コーティング弦は手汗や皮脂汚れを防ぐために金属弦を極薄のポリマーでコーティングしたものですが、PTFE(テフロン)などの物質が使われてきました。
エリクサーの親会社はPTFEを安全な物質としていますが、過去の製造プロセスではPFASが微量に含まれた経緯があり、現在規制圧力に応じて別素材への移行を模索しています。
クラシックギター用弦でもダダリオのXTシリーズなど最近では多くの弦がコーティングを行っており、影響があるかもしれません。

非常に厳しい規制案とそのスケジュール
EUの規制案は非常に厳しく、PFASの製造・販売を禁止するだけでなく、PFASが含まれる製品についても厳格な濃度規制が設けられています。
具体的には、以下の要件を満たさない製品はEU市場から排除されます(参考:SGS):
| 対象範囲 | 提案されている規制の要件(閾値) |
| 単体としての物質 | 全面的に禁止 |
| 混合物および成形品 | 個別のPFAS濃度が 25 ppb (10億分の1) 未満であること |
| 混合物および成形品 | PFASの総和濃度が 250 ppb 未満であること |
| 高分子(ポリマー) | ポリマー系PFASを含む場合、フッ素総量が 50 ppm (0.005%) 未満であること |
規制案の議論や法案化は以下のスケジュールで進められています(参考:regilent.ai、WHITE&CASE):
| 年次 / 時期 | 規制プロセスのマイルストーンと今後の見通し |
| 2023年 | 5カ国による制限提案の提出、初回パブリックコンサルテーション(5,600件超の意見収集) |
| 2024〜2025年 | 14の産業セクター別の技術的評価の進行 |
| 2026年3月 | 最終意見の採択、意見案の公表および公開協議の開始(5月25日締切) |
| 2026年末 | 最終意見の採択および欧州委員会への提出 |
| 2027年 | 欧州委員会による法案提出、委員会での投票、および法制化(法的採択) |
| 2028〜2029年頃 | 発効から18ヶ月の猶予期間を経て、原則的な禁止措置が適用開始 |
今から2,3年後にはカーボン弦が全く手に入らなくなるかもしれません。
フランスでは先行して独自規制を開始
EUでは規制について現在議論中ですが、実はフランスでは先行してPFASの独自規制を開始しています。
すでに2026年から化粧品、衣料品、防水剤などのPFAS使用が禁止されており、2030年にはこれがすべての繊維製品へ拡大される予定です(参考:JETRO)。
この規制を巡っては日本でも人気があるティファールの「テフロン加工のフライパン」を禁止するかどうかで激しい論争があり、最終的には経済と雇用へのダメージを考慮して規制対象外になりました。
楽器の弦に関してもフランスの法律に明示的には含まれていません。ただ、EUや世界がPFAS規制に向けって進んでいる流れは止められそうもありません。
弦メーカーをめぐる規制案の状況
EUによるPFAS規制案に対し、さまざまな業界が反対を表明しています。もちろん弦メーカーも例外ではありません。
サバレスは文化的遺産の継承に不可欠と主張も環境団体が反論

EU圏内の代表的な弦メーカーであるサバレスは、カーボン弦はクラシックギターの文化的遺産の継承に不可欠であるとして反対を表明しています。
これに対して環境NGOは以下のような反論を行っています:
- クラシックギターの文化的遺産は本来ガット弦によって築き上げられたものであり、カーボン弦がなければ演奏できないという主張は歴史的に矛盾している
- EUはPFAS規制の例外として「文化的遺産の保護」を対象とする可能性を示唆しているが、楽器の演奏における微妙な音色の変化まで拡張適用されるとは考えにくい
- 多くのギタリストは自身が使用している弦が環境的に問題がある物質でできていること自体を知らされていない。環境意識が高まればギタリストは自ら進んでPFASフリーの選択肢を求めるはず。
13.5年の猶予が認められるか?
上で紹介した環境NGOのいう「文化的遺産の保護」について、今回の規制では一部の製品について13.5年間の適用除外措置が検討されています(参考:WHITE&CASE)。
たとえば高周波機器、導波管、コンデンサは代替物質が今のところないため適用除外措置が妥当である可能性が高いとされています。
一方、プロ用の楽器のカーボン弦に対する適用除外措置は「正当化できる可能性がある」と評価されていますが、最終的には文化的価値に関する政策上の優先順位に依存するとのことです。
また、13.5年の猶予が認められたとしてもカーボン弦の販売は先細りになるでしょうし、13.5年後には買えなくなります。
さらにここで議論されているのは「プロ用のカーボン弦」の話であり、アマチュア向けがどうなるかはわかりません。アマチュア向けに販売できないとなれば弦メーカーは利益を見込めず、撤退するのではないでしょうか。
カーボン弦愛用者が移行を検討すべき弦は?

EUの規制案がこのまま通れば、少なくともEU圏内ではカーボン弦の製造と販売ができなくなります。
多くのギタリストがいるEUでカーボン弦が売れないとなれば、EU以外の国の弦メーカーもカーボン弦の開発や販売を縮小せざるを得ないでしょう。
また、こういった環境規制は世界的に広がるものなので、近い将来世界中でカーボン弦の製造・販売が禁止されるかもしれません。
したがって、日本のクラシックギター奏者も他人事ではありません。環境への影響も考えれば、カーボン弦以外の素材への移行を模索していくべきでしょう。
現状日本で販売されているナイロン弦以外の候補は以下になります:
アクイーラ(Aquila)の弦
イタリアの弦メーカーであるアクイーラは、ナイロンやフロロカーボン以外の素材を積極的に使っています。
このため超個性派とみなされていたのですが、PFAS規制とともに一気に主役に躍り出るかもしれません。
たとえばサトウキビ由来、金属粉配合、バイオナイロンなど、今後注目していくべきメーカーです。以下の記事で全種類の解説と、当サイトでのレビュー記事へのリンクをまとめてありますのでご覧ください:

ノブロック エリタクス
ノブロックのエリタクスは高音弦にバイオナイロンを使用しています:

アクイーラのOEMである可能性もあるのですが、最近SIEが代理店になったこともあり日本ではアクイーラより入手しやすいです。
ロイヤルクラシックス JGダイナミックホワイト
PFASかどうかわからないのですが、ロイヤルクラシックスのJGダイナミックホワイトも候補の1つかもしれません。

白濁弦なのですが、比較的普通の音がするので移行しやすいと思います。
チタニウム弦
ナイロン弦に添加物を加えることでカーボン弦に近い音になる「チタニウム弦」も残るかもしれません。

たとえばダダリオのXTC45TTがチタニウム弦を使っています:
ただ、こちらも「添加物」が何なのかわからず、PFAS規制に引っかかる可能性がゼロではありません。
今のところ移行先が豊富にあるとは言えない状況ですが、PFAS規制案の進捗とともにこれから新しい弦が次々と出てくると思われます。ぜひ今後の動向に注目してください。











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