目を閉じてリラックスは逆効果?クラシックギターのあがり症などの課題を克服するスポーツ科学流イメトレ「PETTLEPモデル」

クラシックギターの演奏をPETTLEPモデルに基づいてイメトレする画像 初心者向け
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クラシックギターなどの楽器をステージ上などで演奏するとき、誰もが多かれ少なかれ緊張してしまうものです。昔は「目を閉じて自分がステージ上でリラックスする様子を思い浮かべるイメージトレーニング」をやると良いという話がありましたが、最近の科学的な知見から言うとこれは逆効果といわれています。その代わりに現代のスポーツ科学で効果があると実証されているのが「PETTLEPモデル(ペトルップモデル)」。この記事ではこのPETTLEPモデルをクラシックギターの演奏に応用し、あがり症などの課題を克服するための具体的な方法をご紹介します。

本番で演奏が崩壊した経験、ありますよね?

私は長年クラシックギターを弾いていますが、いまだに本番ステージ上では緊張してしまいます。

どれだけ練習ではうまく弾けていても本番でそれがそのまま弾けることは非常に少なく、多くの場合はよくて本番の7割くらいのできでしょうか。

時には完全に演奏が崩壊したり、頭が真っ白になったりと音楽を奏でることすらできないことも。本番一発勝負の難しいところですね。

そこで同じように本番一発勝負であるスポーツの分野ではどうしているのだろうと調べてみました。

リラックスするイメトレを否定する「PETTLEP」モデル

イメージトレーニング、通称「イメトレ」は従来からある緊張対策方法です。しかしながら、最近の研究ではイメトレはやり方を間違うと逆効果なのではないかといわれています。

その理由と、科学的に正しいといわれている「PETTLEP」モデルによるイメトレについて解説します。

脳は動きと周りの環境をセットで覚える

従来のリラックスして弾けている状態を思い浮かべるイメトレが逆効果である理由は、実際の本番の状況との乖離が大きすぎるからです。

楽器やスポーツの練習を行うと脳はその動きを記憶します。もし記憶された動きを本番で完全に実行できれば手が震えたり、テンポが速くなったり、間違えたりといったことは起きないはずです。

問題は脳は動きとともにその時の触覚や視覚、聴覚などから得られた周りの環境をセットで覚えるという点にあります。

リラックスしてよどみなく弾けている状態を思い浮かべでイメトレをすると、すらすら弾けているという状態だけでなく、

  • 周りが静か
  • 自分の心臓が落ち着いている

というような「環境」がセットで記憶されてしまいます。

しかしながら、本番ではステージに上がる前に心拍数が上がり、観客の拍手の音、照明の光など、明らかにイメトレしてきた環境とは違う環境で弾かなくてはいけません

結果、せっかくリラックスして弾いている状況を脳に記憶させても使えず、むしろその状況と違いすぎていて脳がパニックになるのです。

PETTLEPモデルとは

この従来のイメトレを否定する形で提唱されたのがPETTLEPモデルです。

心理学者であるポール・ホームズとデイブ・コリンズはそれまで有効とされてきたリラックス状態でのイメトレを否定し、認知新規科学の知見に基づいた新たな理論を構築しました(参考:Wright, et al., 2014)。

そしてこの理論をスポーツや音楽の分野で応用しやすいようにチェックリスト化したのが「PETTLEP」モデルです。

「PETTLEP」はこの理論で重要とされている7つの項目の頭文字をとって名付けられました(具体的なクラシックギターへの応用は後述します):

  • Physical(身体)
  • Environment(環境)
  • Task(課題)
  • Timing(タイミング)
  • Learning(学習)
  • Emotion(感情)
  • Perspective(視点)

「機能的等価性」に基づくイメトレ

PETTLEPモデルが高い効果を発揮するのは、このモデルが「機能的等価性」と呼ばれる脳科学的なメカニズムに基づいている点にあります。

「機能的等価性」は、平たく言えば、「人間が実際に身体を動かしているとき」と「身体を動かしている様子をリアルに想像しているとき」で脳内で活性化する神経回路がほぼ同一であるということです(参考:Future Learn)。

つまり、人間の脳は身体を動かさずとも脳から神経に至る神経段達経路を鍛えられるということを意味します。

ただし「リアルに想像している」というところが重要で、リラックスしている状態を思い浮かべてイメトレした結果はリラックスしているときにしか応用できません

本番用に練習をしたいなら、本番をリアルに思い浮かべてイメトレしなくてはいけないのです。

音楽領域でも効果が実証されている

PETTLEPモデルを使ったイメージトレーニングの効果は数々の研究で実証されています。

ゴルフの分野ではパッティングの成績を29%、バンカーショットの成績を(実際の練習との組み合わせで)22%向上させました(参考:Manchester Metropolitan University)。

また、初心者のホッケー選手は15%、若年層の体操選手で36%のパフォーマンス向上が報告されています。

音楽の領域でもPETTLEPを応用したイメトレと実際の練習を組み合わせることで、実際の練習時間を削減しつつ同等のパフォーマンス向上をもたらすことが示されています(参考:Wright, et al., 2014)。

また、ホロヴィッツやルービンシュタインといったピアニストたちも無意識のうちにPETTLEP的なイメトレを行っていたそうです(参考:Meng and Luck, 2024)。

PETTLEPモデルのクラシックギター演奏への応用方法

このPETTLEPモデルをクラシックギターの演奏用のイメトレに応用する方法を考えました。以下の表がその内容です。

PETTLEPモデルの要素目的具体的に実行する内容セルフチェックポイント
Physical (身体)運動準備と実行の神経システムを最適に活性化するため、イメージを可能な限り実際の身体の動きに似せる。ただソファに寝転がるのではなく、実際に椅子に座り、足台またはギターサポートを適切な高さに設定し、楽器を構える。楽器を持てない環境(電車内など)でも、左手の指先がナイロン弦に食い込む感覚、右手の爪が弦を捉えてリリースする瞬間の摩擦感、楽器の振動が胸に伝わる感覚など、運動感覚を徹底的にリアルに再現する。本番前には、実際に演奏会で着用する衣装(スーツやドレス、靴)を身につけてイメージを行う。楽器を持った時の重さ、左手の弦の抵抗感、右手の爪の感覚を、筋肉レベルでリアルに感じているか?
Environment (環境)脳内のシミュレーション環境を実際のパフォーマンス環境と一致させることで、脳に動きと環境をセットで記憶させる。自室の慣れた練習空間ではなく、本番のステージ環境を脳内に構築する。可能であれば実際にホールに出向くか、過去の演奏会の写真や動画を見て視覚情報を補う。客席の暗さ、ステージを照らす強烈なスポットライトの熱、ホールの独特の匂い、観客の咳払い、そして自分の出した音が空間に響き渡って消えていく残響音の質までを詳細に思い浮かべる。部屋の景色ではなく、本番のステージ(照明の熱、残響、客席の雰囲気)を視覚・聴覚・嗅覚で想像できているか?
Task (課題)実際のパフォーマンス時と同じ注意の焦点を模倣し、現在のスキルレベルに応じた適切な認知的負荷をかける。自身が演奏中に何を意識しているのかを明確にし、それをイメージに反映させる。左手の複雑な動き、右手の音色の均一性や各声部の弾き分け、楽曲全体のフレージングや音楽的表現など初心者がプロのような大局的なイメージを持っても機能的等価性は高まらないため、自分のレベルに合った課題設定が必須である。今からイメージする内容(特定のパッセージの運指の確認か、音色作りかなど)の目的が明確か?
Timing (タイミング)運動の持続時間を物理的な実行と一致させることで、時間的正確性を司る神経回路を強化する。イメージ内での演奏スピードを、実際の物理的な演奏スピードと完全に一致させる。メトロノームを用いて、実際のテンポ通りにイメージを進行させることで、時間的ズレを防ぐ。
実際の演奏と同じテンポでイメージが進んでいるか?
Learning (学習)上達に合わせて、イメージの内容を継続的に更新する。練習を重ねて曲が仕上がっていくにつれて、イメージの解像度をアップデートする。最初は「正しいフレットに指を置く」という基礎的な動作イメージから始まり、曲が弾き込めるにつれて音色や強弱など、より高度で繊細なイメージへと進化させなければならない。常に現在の自分の最高到達点をイメージに反映させる。自分の現在のスキルに見合ったイメージか?(弾けるようになった部分は、より音楽的な表現のイメージに更新しているか?)
Emotion (感情)パフォーマンス時に経験する生理的・心理的な覚醒状態を組み込むことで、感情のコントロール能力を高める。リラックスした心地よい状態を想像するのではなく、本番で直面するであろう「リアルな感情」を意図的に引き起こす。審査員や観客の視線を感じた時の「心拍数の上昇」「手汗」「アドレナリンの分泌」「不安や興奮」をあえてイメージのスクリプトに組み込む。本番特有の過緊張の中で、いかに冷静に指を動かすかを脳内で予行演習することが、あがり症対策の核心である本番特有の緊張感、ドキドキする心拍数、あるいは演奏中の高揚感や情熱を意図的に引き出しているか?
Perspective (視点)一人称視点と三人称視点を、目的に応じて戦略的に切り替える。技術の定着や暗譜には、自分の目から指板や手元を見下ろしている「一人称視点(運動感覚的)」が機能的等価性を最も高めるため有利である。筋肉の収縮や指先の感覚にフォーカスするためである。一方、ステージマナー、歩き方、お辞儀の姿勢、客席から自分がどう見えているかを確認する際は、観客席から自分を映し出す「三人称視点」を用いる。自分の目から指板を見る「一人称視点」と、客席から自分の姿勢を見る「三人称視点」を適切に使い分けているか?
PETTLEPモデルのクラシックギターの演奏への応用

ステップ・バイ・ステップでの導入がおすすめ

PETTLEPモデルは7つもの要素があるので、いきなり全部をやろうとしても挫折しがちです。

初心者は以下の3ステップで段階的に導入しましょう:

  • ステップ1:まずは「Physical」と「Task」から始める(身体と課題):楽器を持たずに椅子に座り、目を閉じる。特定の4小節だけを取り出し、実際のテンポで、指の動きと弦の感触だけを完全にイメージする。脳内で音が途切れたり指の動きが曖昧になったら、その部分の暗譜が甘い証拠であるため、直ちに目を開けて楽譜を見て確認する。これを反復する。
  • ステップ2:聴覚的イメージを加える: 指の感覚が明確になったら、それに加えて頭の中で理想の音色(ギターの甘い音、鋭い音、和音のバランス)を響かせる。頭の中で鳴っている音と、指の動きが完全にシンクロするまで繰り返す。
  • ステップ3:「Environment」と「Emotion」を足して本番仕様にする(環境と感情): 本番の2週間前になったら、本番用の衣装を着て、本番のホールを想像し、意図的に「緊張感」を呼び起こして通し練習のイメージを行う。途中でミスをしても絶対に止めず、最後まで弾き切るイメージを完遂する。

あがり症の克服や難所の克服など課題別のPETTLEPモデルの応用

目的別に具体的なイメトレ方法を以下に紹介します。

速弾きや左手の跳躍などの難所の克服

音楽の中の難しいところを克服するには以下が効果的です:

  • Perpective:一人称視点で自分の楽器の指板を見下ろす映像を思い浮かべる。
  • Physical & Task:難所で左手の各指がどのように弦やネックに触れるかを思い浮かべる。たとえば親指がネックの裏を滑る感覚、指が弦をする摩擦音など。右手もアポヤンド/アルアイレの区別はもちろん、弦に触れる角度や弾いたあとのフォロースルー、そして弦の抵抗感を明瞭に思い浮かべる。
  • Timing:脳内で明瞭にイメージできないところは実際の演奏でもつまずくところなので、徹底的に解像度を上げる。

頭が真っ白にならない暗譜の定着

ステージ上で楽譜を忘れ、頭が真っ白にならないようにアンプを定着するには以下が効果的です:

  • Physical:実際に椅子に座り、足台をセットし、楽器を持たずにエアギター状態で両手を構える。
  • Task:脳内で曲を再生しながら実際に空中で指を動かす。このとき、頭の中で鳴っている音(聴覚イメージ)と両手の動き(運動感覚的イメージ)が完全に一致しなくてはならない。
  • Emotion & Task:あえて音を間違えた状況を作り出し、そこから演奏を立て直すイメトレを行う。これにより本番でミスをしたときにパニックになりづらくなる。

あがり症の克服

あがり症の最大の原因は、安全でリラックスした自室の練習環境と、極度のストレスとプレッシャーにさらされる本番環境の違いにあります。PETTLEPモデルでこのギャップを埋めることで、あがり症の克服につながるでしょう。

  • Envrironment:本番の数週間前から、本番できる衣装と靴を着用して練習する。自室の照明を落とし、スポットライトに見立てたデスクライトなどを自分にあて、視覚的な環境を本番に近づける。
  • Emotion & Physical:息を止めて軽くスクワットするなどして、意図的に心拍数を上げて練習する。また、手が冷たくなる間隔、息が浅くなる間隔、口が乾く感覚など、自分が緊張したときにおこる反応を鮮明に思い浮かべて練習する。
  • Task:曲全体を完璧にすらすら弾いているイメトレは逆に本番とのギャップを生み出すので、自分のレベルにあった課題設定が重要。あがり症ならたとえば、審査員や数多くの観客の前で最初の音を完璧に弾くイメージを行う。
  • Learning:緊張している自分を無理やりリラックスさせるのではなく、興奮状態だからこそ普段以上の集中力や表現ができるのだと脳に学習させる。実際、リラックスを自分に課すよりも自信を向上させるという意味で圧倒的に有効だと実証されている(参考:Fajar, et al., 2018)。

本番当日の過ごし方にもコツが

緊張克服の観点では、本番当日の過ごし方も重要です。こちらの記事で詳しく解説していますのでぜhご覧ください:

もう力まない!クラシックギターの本番で「手の震え」を防ぐ科学的当日ルーティン
クラシックギターの本番で「手の震え」や「力み」に悩まされていませんか?あがり症の原因はメンタルではなく生理学的なエラーです。舞台芸術医学や運動生理学に基づき、食事、水分補給、手の保温、呼吸法など、本番当日に実力を120%発揮するための科学的ルーティンを解説します。

PETTLEPモデルは精神論や根性論からの脱却

以前のイメトレは理想の状態を思い浮かべ、それに近づけようという、ある意味精神論や根性論ともいえるものでした。

PETTLEPモデルは脳科学的な観点から提唱されたモデルであり、より実践的かつ効果が実証されており、クラシックギターの演奏にもきっと役立つことでしょう。

ただし、PETTLEPモデルに基づているからといってイメトレばかりやっていても上達はしません。実際にギターを弾くことも重要です。また、新しい概念なのでいきなり全面的に取り入れるのは難しいかもしれません。

まずはステップ・バイ・ステップのステップ1から実践してみて、効果があったらその先も試していってはいかがでしょうか。

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