なぜクラシックギターの音は美しいのか?『きれいな音色』を出す3つの方法を物理学と心理学から探る

クラシックギターの音がなぜ美しいか解説する画像 初心者向け
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クラシックギターの最大の魅力はその音色にあるといわれています。変化に富んだ美しい音で「ギターは小さなオーケストラである」といわれることも。でもプロギタリストなどの上手な人に比べてなぜ自分の音は美しくないのだろう、どうやったら美しい音が出せるのだろうと悩んだことはないでしょうか?この記事ではなぜクラシックギターの音が美しいかを音響物理学と心理音響学から解説し、そこからきれいな音を出すための方法を導きだします

この記事を書いた人
かーる

クラシックギター歴35年、国際コンクール入賞経験を持つ演奏家・レビュアー。「ヘルマン・ハウザー2世」や「ヘスス・ベレサール・ガルシア」を愛用し、演奏者視点で忖度ない機材レビューを発信中。弦のレビュー数は70種類以上。
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クラシックギターの音が美しいのは気のせいではない

ギターは歴史の長い楽器で、その音は人々の心を魅了してきました。

19世紀後半になって音の大きさや迫力が求められる中でもクラシックギターが生き残ってこれたのは、ひとえにその音に魅力があるからといえるでしょう。

ベルリオーズやベートーヴェンも「ギターは小さなオーケストラである」と評したといわれます(※この逸話についてはこちらのコラムで後述します)。

でも数ある楽器の中で人々はクラシックギターの音をなぜ美しいと感じるのでしょうか?

実は人がなぜ楽器の音を美しいと感じるかについては数多くの研究がなされており、クラシックギターの音色の秘密についてもすでにわかっていることがある程度あります

この記事では音響物理学と心理音響学の観点からなぜクラシックギターの音を美しいと感じるかを解説し、そこから実際に美しいと感じる音を出す方法を解説します。

理論を飛ばして美しいと感じる音の出し方だけ知りたい方はこちらへどうぞ

音響物理学:構造上の音の豊かさと艶、そして柔らかい弦による非常に低いインハーモニシティ

まずは音響物理学上のクラシックギターの音の特徴を解説します。

以下の点が重要です:

  • 表面板の構造による音の豊かさと艶
  • 柔らかい弦による低いインハーモニシティ
  • 消えゆく音が持つはかなさや美しさ

表面板の構造が豊かで温かく、艶と深みのある音を生む

クラシックギターの表面板は中低音域と高音域で異なる振動を行います。

まず、中低音域では「モノポール放射」によって効率的に音を空間に押し出します(参考:Perry, 2014)。一方、高音域では「ダイポール放射」が支配的になるため放射効率が低下します(参考:Siedenburg, et al, 2019 )。

低下するというとネガティブですが、これにより高周波の耳障りな成分が自然に抑制され、豊かで温かい中低音域を際立たせるフィルターとして機能するのです。

また、弦が振動するときの張力の変化が音の艶につながっています。

弦は上下に振れると引っ張られ、それによって張力が上がり音程が高くなります。

弦の振動はすぐに小さくなるので音楽としての音程には影響はないのですが、その高くなった音程による振動が表面板を動かし音の艶や厚みを生んでいるのです(参考:Lewis, et al, 2014)。

柔らかい弦による低いインハーモニシティ

上で解説した話だけだとアコースティックギターやエレキギター、さらにはピアノも同じなのですが、クラシックギターにはこれらにはない特徴があります。

それがナイロンやフロロカーボンなどを使った柔らかい弦です。

アコギやピアノは張力が強く硬い弦を使っており、剛性が高く曲がりにくいという特徴があります。

硬い弦はブリッジやナット付近がさらに硬く、曲がりにくいです。この曲がりにくさは高い音になればなるほど影響が出て音が少し高くなります。

硬い弦の高音が上ずる現象の図

上はAIに生成してもらった図で正確でないところはあるのですが、左側が理想的な弦の振動なのに対し、実際の弦は右のように端っこが曲がりづらくなっているところがポイントです。

すると、ある音を出したときに本来はその倍音がきれいに周波数の整数倍で並ぶはずが、高い倍音になればなるほど少し高い音にずれ、全体として濁った音になるのです。

このずれのことをインハーモニシティと呼びます。

クラシックギターの柔らかい弦はこのインハーモニシティが極めて低く、濁りの少ないきれいな音になるので美しく感じます参考:Lewis, et al, 2014)。

消えゆく音がはかなさや静寂感のある美しさを演出する

ヴァイオリンなどの持続的な音が出せる楽器と比較した場合、クラシックギターはすぐに音が減衰して消えます。

この「すぐに減衰して消える音」は迫力が小さいという印象を与える一方、はかなさや静寂感のある美しさを演出しているのです。

音響物理学的には、発音直後は耳障りな高周波成分が存在していますが、それがすぐに減衰することにより「耳障りな高音域がすぐに消滅し、心地よい中低音が空間に溶け込むように持続する」という時間推移が生まれます。

季節の移ろいを人が美しく感じるように、ずっと同じ音が鳴り続けるよりも変化し、そして消えゆくほうが美しさを感じるのでしょう。

心理音響学:高い協和性と人の声に近い音響スペクトル

クラシックギターの音の遠達性の画像

音の特徴がわかったところで、次に心理音響学の分野からクラシックギターの音の美しさを解説します。

ポイントは以下の3点です:

  • 高い協和性
  • 人の声(母音)に近い音響スペクトル
  • 適度な明るさと表情豊かな音

音響的な粗さと鋭さが少ない

音響心理学と音響学において音の「心地よさ」は、「音響的な粗さ」と「鋭さ」が強いと失われるといわれています(参考: Lahdelma and Eerola, 2019)。

たとえば歪ませたエレキギターの音は一般的に心地よいとは感じられませんが、これは音が鋭い上にきれいに響かない音の成分が多い(感覚的に粗く感じる)ためです。

上で紹介したインハーモニシティも音が粗いと感じられます。

逆にクラシックギターはナイロンという柔らかい素材の弦を使っているため、音が柔らかくかつきれいに響く音の成分が多い(調和倍音が豊かで十分存在する)音色です

この結果、クラシックギターの音は人にとって感覚的に協和性が高く心地よく感じます。

人の母音に近い音響スペクトル(フォルマント理論)

もう1つの理由は、クラシックギターの音響スペクトルが人の母音と非常に近いためといわれています(参考:Noblc, 2025)。

人間の脳は人の声を聴くとそこに感情や親和性を見出すように適応しています。これは人がコミュニケーションによって社会性を生み出す生き物だからでしょう。

その判断基準となるのが特定の周波数帯域が共鳴して強調されていることです。

この強調された周波数のピークを「フォルマント」と呼び、人が音を聴いたときにそこにどんな印象を受けるかはフォルマント構造によって決まるといわれています。

たとえば「あ」と「う」は以下の図のF1, F2, F3のように周波数のピークが異なっており、このために「あ」は開いた音、「う」は丸い音のように感じます:

日本語の「あ」と「う」のフォルマントの違い

そして面白いことにギタリストが「丸い」、「開いた」、「鼻にかかった」、「薄い」と表現するクラシックギターの音色は、音声学的な母音のフォルマント構造と完全に一致しているのだそうです(参考:Traube and D’Alessandro, 2005)。

つまり、クラシックギターの音は人間の直感に近いといえます。

そしてクラシックギターは弦や弾弦位置によって「母音」を自由に切り替えられる楽器であり、そのために「感情豊か、美しい、心地よい」と感じられる音だけでなく感情を揺さぶるを出せるのです。

素晴らしいギタリストは人間がどう感じるかを無意識のうちに判断して弾き方や弾く場所を変えているのでしょうね。

美しい音 = ノイズがない音とは限らない

ここで注意したいのは、ノイズがない音が美しい音とは限らないということです。

人間の言葉でいう子音はギターの音でいう鋭いアタック音に当たりますが、人間の子音は感情表現において決意や慈しみをつかさどるといわれています。

子音も感情表現に欠かせないから存在しますので、ノイズに聞こえるアタック音も効果的に生かしていきたいものです。

音色空間でも適度で表情豊かと解析される

音色は音量のように大小で表現できるものではなく、多次元で表現された「ティンバースペース(音色空間)」としてモデル化されます。

その要素には、

  • 音の立ち上がり時間
  • 明るさを示す周波数の重心
  • 倍音構成の時間的変動

があるのですが、クラシックギター音色は「適度な明るさ」と「複雑なスペクトルフラックス」を持つ空間にあるとされます(参考:Caclin, Mcadams, et al, 2005)。

「適度な明るさ」はキンキンした鋭い音でもなく、こもってもごもごした音でもない、適度な音であるということです。

また、「複雑なスペクトルフラックス」とは、音が出てから消えるまでの音色の変化が豊かでドラマチックかつ表情豊かと感じられる音であることを意味します。

心理学と物理学に基づくより美しいと感じる音を出すための3つの方法

ここまで見てきた心理学と物理学の見地から、美しいと感じる音を出すための3つの方法をご紹介します。

解説などでよく言われている内容ではあるのですが、その根拠も示しているのがポイントです。

爪や指と弦が接する面積を増やす

弦を弾く直前、爪や指は弦を押して変形させます。この時、弦と接する面積が狭いと弦は三角形に近い鋭角に変形し、面積が広いと滑らかな丸みを帯びた曲線になります。

音響物理学によるシミュレーションによると、この変形が鋭角であればあるほど高次倍音が多く出て、音が鋭く薄くなるそうです。

弦と爪や指が接する面積で変わる弦の振動の図

上で説明した通り音が鋭くなると心地よさを感じづらくなるため、弦と爪や指が接する面積は広いほうが望ましいです。

爪と指とどちらが良いかというと、肉のほうが広い接触面積を得られるため、最初は柔らかい肉の部分で弦をとらえ、そこから滑らかに磨かれた爪の傾斜へと弦を移動させてリリースするのが理想といえます(参考:Roberts, 2015)。

もちろんリリースするときに鋭角にしてしまっては元も子もないので、「最初は肉だけ、あるいは肉と爪で同時に弦をとらえる」とか「爪の直線部分を増やすほうが良い」といわれるのはここに理由があるのでしょう。

弦に対して45度の角度で弾く、弦を表面板方向に押し込む

弦を弾く際、弦を表面板と平行な方向にではなく垂直な方向(表面板に向かって)振動させると基音をたっぷりと含んだリッチな音が得られます

これは、表面板が音を出すには太鼓のように上下に振動する必要があるのですが、弦が表面板と平行に動いてもブリッジを横方向に揺さぶるだけで上下方向の振動が起こらないためです。

アポヤンドで弾くと豊かな音がするのは、一般的にアルアイレより弦を上下方向に動かす力が大きいからといえます。

ただし、アルアイレでも上下方向の振動を生み出すことは可能です。

最近のギターの弾き方の流行は爪を斜めに削り、弦に対して45度(斜め)の角度で弾くという方法であることはよく知られています。

クラシックギターを斜め45度の角度で弾く

これは指の関節を曲げる動きを爪の傾斜を利用して表面板方向への押し込みに力学的に変換できるためで、高速パッセージでもしっかりと美しい音を出すことが伝統的な手首を曲げて弾く方法より容易なのではやっているのでしょう。

ただし、手首を曲げた状態でのアルアイレでも同様に弦を表面板方向に押し込むように弾けば同じことは可能です。一般的なやりやすさの話であって、どちらを選ぶかは人次第です。

曲の感情表現を考慮した弾弦位置と弦の選択

人間は音楽が表す感情と音色の感情が一致すると心地よく感じます。

このため、曲がどのような感情を表しているか、どのようにその感情が変化するかを意識して弾弦位置と弦を選択するといいでしょう。

単に今まで明るい音だったからここは暗い音で弾こう、とか、大きな音のところだから硬い音で弾こうではなく、音楽との一致を目指してみてください。

まずはこの音はどんな音なのだろう?と自分のギターの音を確認してみると良いかもしれません。

クラシックギターの音の美しさは誰でも引き出せる!

ここまでの話をまとめると、クラシックギターの音の美しさは以下の3点に集約されます:

要素効果
柔らかい弦による調和倍音音響的な粗さを与えず、感覚的協和を生む
人の母音に酷似した音響スペクトル人が音の意味をとらえやすく、感情に訴えかけた演奏が容易
急速に減衰する高周波成分、長く漂う芳醇な中低音成分静けさとはかなさを伴う美しさが出る
クラシックギターの音が美しい理由

これらの特徴を生かして演奏するには、爪や指と弦が接する面積を広くし、弦を表面板方向に押し込み、曲の感情表現と音色を一致させることが重要です。

せっかくクラシックギターという楽器を弾くならこういった点を意識して、ほかの楽器にはまねのできない音色を目指してみたいものです。

コラム:「ギターは小さなオーケストラ」といったのは誰?

昔の大作曲家が「ギターは小さなオーケストラである」と評したという話はよく聞きますが、ベートヴェンの発言とされる説とベルリオーズの発言とされる説の2つがあります。

この記事を書くにあたって調べなおしたところ、確実に証拠が残っているのはベルリオーズでした。

1844年に出版された有名な著書『近代楽器法および管弦楽法大全』の中で、ギターは小さなオーケストラである(La guitare est un orchestre en miniature)と書き記しているそうです(参照:IMSLP)。

ベルリオーズ自身ピアノではなくギターを使って作曲していたそうで、そのためにギターの持つ多彩な音色や和音の表現力を深く理解していたようです。

ではベートヴェンがいったというのは嘘かというと必ずしもそうではありません。

当時ウィーンで活躍していて親交があったマウロ・ジュリアーニの演奏を聴いてベートヴェンが「ギターはそれ自体が小さなオーケストラだ!」と感嘆して叫んだという逸話が語り継がれています(こちらは言い伝えレベルです)。

こちらは確たる証拠があるわけではありませんが、二人の大作曲家から同じように評されたとするとうれしいですね。

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