なぜギターの調弦は低い方から合わせるのか?実は奥深い「巻き上げ調弦」の理由

クラシックギターの糸巻きを回す画像 メンテナンス
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クラシックギターを演奏するうえで必須の調弦。ギターを調弦するときは弦を巻き上げなら合わせたほうが良いという情報が人から人へと伝えられています。理由を調べようとしても簡単には出てこなかったので学術論文も含め本腰を入れて調べたところ、なかなか面白い理由がわかりましたのでご紹介したいと思います。

この記事を書いた人
かーる

クラシックギター歴35年、国際コンクール入賞経験を持つ演奏家・レビュアー。「ヘルマン・ハウザー2世」や「ヘスス・ベレサール・ガルシア」を愛用し、演奏者視点で忖度ない機材レビューを発信中。弦のレビュー数は70種類以上。
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プロやベテランは「低い方から弦を巻き上げて調弦したほうが安定する」と言う

クラシックギターの調弦はペグ(糸巻)を回すことで行います。

弦を巻き上げれば音が高く、弦を緩めれば音が低くなります。

これだけ聞くと弦を巻き上げて調弦しようが緩めて調弦しようが、どちらでも調弦できそうなものですが、なぜかプロやベテランはこぞって「巻き上げて調弦したほうが音が安定する」と言います

この手の話には思い込みが混じることもよくありますが、学術論文も含めて調べたところ実は理にかなったやり方であることがわかりました。

キーワードには以下のようなものがあります。

  • 人間の音響心理学と聴覚的要因
  • ウォームギアのバックラッシュ
  • スティック・スリップ現象
  • ナットによる摩擦境界、弦の弾性変形とクリープ現象

このなかでも特に重要な、最初の3つについて詳しく解説したいと思います。

音響心理学と聴覚的要因

音響心理学のイメージ画像

まずは人間が音を感じるときの特性から解説します。

人間は徐々に音が高くなるほうがうなりの消失を感じやすい

音響心理学の研究によると、人間の聴覚特性として「低い方から合わせる」ほうが理にかなっているそうです。

チューナーなしで調弦する際、音叉と1本の弦、あるいは2本の弦の音のうなりが消えたことで調弦されたと判定します。

この「うなりが消える」ことに対する感度が、徐々に音程が下がるより、徐々に音程が上がったほうが高いのだそうです。

これはNeuhoffという方が2001年の論文で発表したもので、音程が上昇していくときのうなりの変化が、下降していく時よりも大きく速く感じるのだとか。

このような特性になっているのは生物としての生存確率を上げるためともいわれています。

獲物にせよ敵にせよ岩などにせよ、何かが接近してきたことをいち早く感知することは重要です。そして、救急車が通り過ぎるときに音程が変わる「ドップラー効果」により、音は近づいてきたときは音程が高く、離れていくときは低く感じます。

つまり、音がどんどん高くなってきたということは何かが速度を上げながら近づいてきたということなので、すぐに対処しなくてはいけないわけです。

このため「徐々に上がっていく音」に人間は敏感であり、うなりも感じやすいといわれています。

指先の感覚と聴覚の同期

クラシックギターの糸巻きを回して調弦する画像

もう1つの要因が指先の感覚と聴覚の同期です。

弦を巻き上げる際、糸巻きを回すために必要な力が少しずつ強くなっていきます。

この力の上昇と音程の上昇が感覚上で同期することで、マルチセンサリ統合(Multisensory Integration)と呼ばれる現象が起きて、あとどれくらい糸巻きを回せば良いかという予測が立てやすくなります

一方、弦を緩めるときは徐々に回す力が弱くなるだけでなく、「ガクン」という急に緩む現象がおきがちとなり、それを抑えるための力が加わって音程の下降との同期がとりにくいのだそうです。

このために巻き上げながら調弦したほうが効率よくかつ精度よく調弦できます。

ピアノの調律師を対象にした心理学研究でも同様の結果が出ている

これらの研究に先立って、ピアノの調律師を対象にした心理学研究が行われており、そこでも同様に弦を巻き上げるほうが調弦しやすいという結果が出ています(”Psychophysics of Piano Tuning” (Letowski, 1982)、Web上に掲載なし)。

おそらく、楽器演奏者の間では当たり前のように使われていたテクニックで、それを20世紀後半になって研究で理由を少しずつ明らかにしていったのでしょう。

ウォームギアの宿命であるバックラッシュ

糸巻きの機械的な観点からも、弦を巻き上げて調弦したほうが有利です。その最大の理由が「バックラッシュ」であると言われています。

ウォームギアとは

現代のクラシックギターは、糸巻きにマシンヘッドと呼ばれる機械式のものを使用しています。糸巻きについては以下の記事をご覧ください:

マシンヘッドには一般的にウォームギア(Worm Gear)と呼ばれる歯車が使用されます。

ウォームギアはねじ状の「ウォーム」と歯車を組み合わせたギアです。

ウォームギアの動作(出典:Wikipedia)

上の動画の棒状の部分が「ウォーム」であり、クラシックギターの糸巻きでは手で回す部分に相当します。

ウォームギアがクラシックギターをはじめさまざまな楽器の調弦に使われる理由が、ウォームギアが持つ「自己ロック(セルフロック)」という特徴にあります。

ここで、ウォームギアを使わずに指で調弦する場合を考えてください。ペグポストを自分で回しながら弦を巻き上げたり、緩めたりしなくてはいけませんが、弦は張っているときは張力がかかりますので、手を離すとペグポストが逆回転して勝手に弦が緩んでしまいます。

一方ウォームギアは、ウォーム側を回した時の力は歯車に伝わりやすいが、逆に歯車側の力がウォーム側に伝わりづらいため、手を放しても自己ロックされて弦が緩みません

バックラッシュで調弦がずれる

ウォームギアは優れた機構ですが、問題がないわけではありません。その1つがバックラッシュです。

ウォームギアには、ギアの回転をスムーズにするため、互いにかみ合う歯の間に隙間(遊び)があります。

弦を巻き上げる方向で調弦を終えた場合、弦の張力に対抗する形でギアの歯が密着した状態で状態が安定します。歯が密着しているので外部からの力が加わっても状態が安定しており、結果として調弦がずれにくいです。

一方、弦を緩める状態で調弦を終えた場合、ギアの歯は張力がかかっている方と反対の面で接触しているか、あるいはどこにも接触していない状態になります。

この状態で演奏を行うと、弦の張力や楽器の振動によってギアの歯が反対の面までずれます。これはギアがわずかに回転することを意味し、調弦がずれるのです。

スティックスリップ現象

スティックスリップ現象とは、弦がナットの溝やサドルに固着したり引っかかったりし、張力差が静止摩擦力を越えた時に急激に滑る現象のことを指します。

調弦をしているときに、弦が「キンッ」と鳴ったことはないでしょうか?

これはナットやサドルに固着したり引っかかったりして動かなくなり、その後さらに張力が上がることで動いたことで鳴る音であり、スティックスリップ現象が起きていて、それが解消されたことを示しています。

調弦を終えた段階で固着や引っかかりが起きている状態だと、演奏中に弦が動いて音が鳴ります。音が鳴るだけでなく、急激に弦が滑って張力が変わり、音程もずれてしまうのです。

弦を巻き上げて調弦するとこの現象を意図的に起こし、滑り切った状態で安定するので起きにくくなるというメリットがあります。

ちなみにスティックスリップ現象がよく起きる場合はナットの溝やサドルに弦が固着しやすい状態になっている可能性があります。こちらの記事で紹介しているルブリキットを試すと改善されるかもしれません。

[▶︎ 内部リンク:チューニングを安定させる潤滑剤のレビューへ]

その他の要因

その他にも様々な要因が絡み合い、巻き上げによる調弦が優位とされています。

ほかの要因は簡単に書いておきますので、興味があれば調べてみてください。

  • ナットによる摩擦境界:調弦を行うとナットを境に、ボディ側とヘッド側に張力の差が生まれる。弦を緩めるとボディ側のほうが張力がわずかに高い状態で安定するが、弦を弾くとボディ側の張力が上がり、その張力がナットを超えてヘッド側に逃げてしまう。逆の場合はヘッド側のほうがもともと張力が高いので逃げない。
  • 弦の弾性変化とクリープ現象:弦には張力を変化させると元に戻ろうとする力が働くが、巻き上げる方向で張力を上げたほうが安定しやすい。

調弦は糸巻きを巻き上げながら行おう

この記事で解説した通り、さまざまな要因により調弦は糸巻きを巻き上げながら行った方が確実に有利です。

音程が高くなりすぎた場合でも、そこから緩めて調弦するのではなく、一度大きく下げてから再び巻き上げて調弦すべきでしょう。

ギターの音は調弦が狂っていては台無しです。面倒でもそのひと手間が良い演奏を生むと信じて実践してみてください。

参考文献・出典

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