大聖堂やはちすずめなど、クラシックギターの名曲の中には速弾きのスキルが要求されるものが多々あります。あんな曲が弾けたらなぁと思いながら自分には無理だとあきらめていないでしょうか?速弾きできないのは努力や才能が不足しているのではなく、弾き方や練習方法が間違っているのかもしれません。この記事では科学的な根拠に基いた速弾きの弾き方や効果的な練習法を解説します。
なぜ速弾きできないのか?

まずは速弾きが難しく、多くの人が苦手とする理由を科学的に解説します。
「チャンキング」ができていない
速弾きは通常よりも多くの音符を短時間で弾かなくてはなりません。これを素直に1つ1つの音符を脳で処理して弾こうとすると処理が追い付かなくて脳がオーバーヒートしてしまいます。
実際、速弾きが苦手な方が速いフレーズを弾く場合、脳は1つ1つの音符に対して個別の運動指令を出しているのだそうです(参考:Song and Cohen, 2014)。
一方、熟練した演奏者は複数の音符の連なり(平均して3つか4つ)を1つの塊(チャンク)として処理することで脳への負担を抑え、高速処理を実現しています。これを「チャンキング」と呼びます。
人間の脳は運動指令を行う場合チャンクごとに処理をしており、違うチャンクを処理する場合は初期化のための遅延が発生します。
つまり、ド・レ・ミという音の連なりを弾く場合、以下のような違いが生まれます:
| チャンキングの熟練度 | 脳が行う処理 |
| 初心者 | 1. 「ド」を弾くために指を動かす 2. 運動指令を初期化 3. 「レ」を弾くために指を動かす 4. 運動指令を初期化 5. 「ミ」を弾くために指を動かす |
| 熟練者 | 1. 「ド・レ・ミ」を弾くために指を動かす |
速弾きが苦手な方はこのチャンキングがうまくできておらず、音を弾くたびに脳が遅延し、処理が追い付かずに速弾きができないのです。
逆に言えば、速弾きを鍛えるのは指を速く動かすことも大事ですが、いかに大きなチャンクを構築して脳の処理を高速化するかが重要といえます。
共発火で指がもつれる
速弾きに限ったことではないですが、「その指を動かすつもりはなかったのに!」と感じるミスをしたことはないでしょうか?
実はある指を動かす際に隣接する指も動いてしまう「同期(Synchronization)」あるいは「共発火(Coactivation)」と呼ばれる現象が人間の脳には生じます(参考:Watson, 2006)。
そしてアマチュア演奏者はプロの演奏者に比べ、隣接する指同士だけでなく指と親指の間にも不適切な共発火が起こりやすいのだそうです。
指が実際に動かなくても、共発火により意図しない指の筋肉の緊張が生じ、これが両方の手の指にもつれやバタつきをもたらします。
共収縮およびそれによる局所性ジストニアのリスク
速弾きを鍛えるため、とにかく指を速く動かそうと無理に筋肉に力を入れて動かす方がいますがこれは危険です。
無理に筋肉に力を入れると、関節を動かす主動作筋と、それと逆の動きをする拮抗筋が同時に収縮する「共収縮(Co-contraction)」と呼ばれる現象が起きます(参考:Worschech, et al, 2020)。
いわば筋肉がアクセルをかけながらブレーキを踏んでいる状態であり、指は硬直して速く動かせない上に、激しい疲労が生じます。
さらに、過度な共収縮を行う無理な反復が、自分の意図とは関係なく指が動いてしまう「局所性ジストニア(フォーカル・ジストニア)」につながるという研究があるので注意が必要です(参考:Furuya, et al, 2013)。
速弾きを鍛えるための科学的な演奏方法及び練習方法

ここまで解説した「なぜ速弾きができないのか」という理由に基づき、どうやったら速弾きができるかを解説します。
具体的には以下の4つです:
| 方法 | 効果のある手 | 効果 |
| スピードバースト | 両手 | チャンキングが強化される |
| 脱力と様々なリズムでの練習 | 両手 | 共収縮の予防 |
| プランティング | 右手 | 指の独立性向上と共発火の抑制 |
| カルレバーロ奏法 | 左手 | 疲労の低減と共収縮の予防 |
スピードバーストによるチャンキングの強化
スピードバーストとは短い時間で一気に速度を上げる加速、あるいはそのためのトレーニング方法を指します。
楽器だけでなくアイスホッケーや陸上でも使われる用語です。クラシックギターの場合、スコット・テナントが著書であるPumping Nylonでその重要性を述べています。

テナントは速弾きはゆっくり弾くことの延長線上にあるのではなく、それ専用の練習が必要と述べています。具体的にはスピードバーストは以下のような練習を行います:
- 目標とする最終的な高速テンポを最初から設定する。
- そのテンポで2音だけを弾く(例:「i-m」)。この際、完全に脱力した状態から一瞬で弾ききり、弾いた直後に完全にリラックスする。
- この2音が無意識レベルで、一切の努力感なく「容易に」弾けるようになるまで繰り返す。
- 次に3音(例:「i-m-i」)に増やし、同様に完全にリラックスした状態での瞬間的な連位を確立する(ここで力みを感じたら2音に戻って脱力の感覚を取り戻しましょう)。
- 徐々に音数を増やし、長いパッセージをいくつかの短いバーストのグループとして脳内に再構築する。
気づいた方もいるかもしれませんが、これはまさに上で説明した「チャンク」の構築のための練習です。
ゆっくり弾いているのではいつまでたってもチャンクができず、そこからテンポを上げようと思っても脳が追い付きません。
むしろテンポを最初から速く設定し、そのテンポに合わせたチャンキングこそ重要というのがスピードバーストの極意なのです。
共収縮を防ぐための脱力と様々なリズムでの練習
共収縮を防ぐには常に筋肉に力を入れ続けるのではなく、必要ない時には脱力することが重要です。
速く弾こうと思って弦を弾くために指を曲げた後、それを拮抗筋で無理やり伸ばすと負荷が大きくなり、共収縮が生じます。
これを防ぐには弦を弾いたらできるだけその指の力を抜き、自然に指が定位置に戻るようにすべきです。いわゆる脱力ですね。
ペペ・ロメロはトレモロの演奏法について、aで弦を弾いたらaから意識を外し、何もしないことで元の位置に戻すべきと説いています(参考:Six String Journal)。
共収縮の予防について科学的な側面からは、単一のリズムで機械的に練習するより、様々なリズムのバリエーションで練習したほうが共収縮が減少し神経筋制御が最適化されると実証されています(参考:Furuya and Yokota, 2018)。
これは、あえてリズムに「タメ(付点など)」を作ることで脳がブレーキとなる筋肉(拮抗筋)を瞬間的に「完全にオフにするタイミング」を学習できるためです。
また速く弾けないパッセージに対し、ただ遅いテンポで練習するのではなく、意図的に付点をつけたり三連符を交えたりして練習することで、筋肉の素早い収縮と休符によるリラックスが交互に学習され、神経回路に柔軟性がもたらされます。
プランティングによる共発火の抑止
今ではすっかり一般的になった感がある「プランティング」ですが、プランティングは速弾きでも有効です。

プランティングには大きく分けて3つのアプローチが存在し、目的ごとに使い分けられています:
| プランティングの種類 | 生体力学的なメカニズム | メリットおよび速弾きへの適性 | デメリットとトレードオフ |
|---|---|---|---|
| フル・プランティング (Full Planting) | アルペジオ等を開始する前に、弦を弾くすべての指(p, i, m, a)を同時にそれぞれの弦に配置する | 右手のフォームに安定性をもたらし、低速での基礎練習に最適 | 配置された指が弦の振動を止めてしまうため、レガートや極端な速弾きには適さない。初期張力が高くなり動作が硬直しやすい。 |
| シーケンシャル・プランティング (Sequential Planting) | ある指が弾弦した瞬間に、次の指がターゲットの弦に触れる。常にどれか1本の指が弦に触れている状態を保つ。 | 弦のサスティンを保ちつつ、次の運動の準備を完了させる。スケール(音階)の速弾きにおける「i-m」の交替において最も重要視される技術であり、高速化の土台となる。 | タイミングの調整が極めて難しく、指の独立性が低いと隣の弦を誤って触れるリスクがある。低速での地道な練習が必要。 |
| ミニマル・プランティング / ノン・プランティング | 高速演奏時に意図的にプランティングを最小化し、指を弦から離した状態から直接弾弦する(Flying fingers)。 | 速弾きでも生体力学的な慣性を殺さず、筋緊張を最小限に抑える。楽器の共鳴を最大限に引き出すことができる。 | 空中から正確に弦を捉えるための技術が必要。 |
このうち速弾きの強化で重要なのはシーケンシャル・プランティングです。
アルペジオの練習曲を使い、まずは低速である弦を弾いたら次に弾くべき指が弦に触れている状態を確認しながら練習します。
これを繰り返すことで今の音を弾いてから次の指を準備するのではなく、今の音を弾きながら次の指を準備する癖ができ、速弾きが上達します。
また、これにより指の独立性が向上し、上で紹介した共発火が起きづらくなる効果もあります。
カルレバーロ奏法の活用
左手の速弾きの技術向上にはカルレバーロ奏法が参考になります。
カルレバーロ奏法では関節の動きを意図的に固定し、より大きな筋肉を運動の主体にするという技術が提唱されています。
たとえば、
- 速弾きの最中にポジションが変わる場合、指先だけでポジションを変えるのではなく、ある指を支点として腕の大きな筋肉を使って手首を回転させる
- ローポジションとハイポジションの行き来の際、指の筋肉を使って弦から指を離すのではなく、指は固定して腕全体を持ち上げてから移動する
といったことが挙げられます。これにより指の筋肉の疲労が減り、速弾きしやすくなるでしょう。
また、カルレバーロは親指をネックから完全に離した状態での練習も推奨しています。これは、ネックを握りこむことにより親指と人差し指の間の筋肉が緊張すると、手全体の筋肉の共収縮を引き起こすためです。
速弾きのコツはメトロノームではなく「論理的練習」にある

ここまで紹介してきたとおり、速弾きができないのは「指が速く動かない」という単純な理由ではありません。
いくらメトロノームを使ってゆっくりなテンポから愚直に練習しても弾けないものは弾けません。
重要なのは人間の身体の限界を知り、それに適応した練習をすることにあります:
- 脳の限界を知り、スピードバーストで「チャンク(塊)」として記憶する
- 神経の限界を知り、プランティングで「動かす指」と「待つ指」を明確に切り分ける(共発火の防止)
- 筋肉の限界を知り、リズム練習(時間的探索)やスピードバーストでブレーキ筋肉のスイッチを最速で切る(共収縮の解除)
- 指先の独立に頼らず、腕や手首のマクロな動き(カルレヴァーロ奏法)で効率的に指を最適な位置へ運ぶ
速弾きができると曲のレパートリーが広がり、ギターを弾く楽しみが増えます。これまであきらめていた方も再挑戦してみてはいかがでしょうか?







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