一般的に楽器奏者はアスリートに比べると必要な筋力量が少なく、筋トレは必要ないと思われがちです。しかしながら、実はクラシックギタリストは筋トレを行うことによって上達することが研究によって明らかになりました。この記事では筋トレによってどのようなスキルが上達したのか、それはなぜなのか、そしてどういうトレーニングをすれば良いのかについて科学的に解説します。
短期間の筋トレによって正確性とスピードが大幅に向上
この研究は27名のクラシックギタリスト(16歳から35歳)に対し、6週間にわたり姿勢改善、ストレッチ、筋トレを行ったものです(参考:Isintas and Can, 2021)。
被験者を、
- 監視下に置いて運動するグループ:常に理学療法士の指導を受けながらトレーニングを行う
- 自宅で運動するグループ:最初にやり方を学び、あとは自宅でトレーニングを行う
- 運動しないグループ:研究の期間もそのあともトレーニングを行わない
の3つに分け、疲労を感じずに演奏し続けられる時間と、本人の最大速度の70%の速度で演奏を維持できる時間を測定しました。
また、この実験の3か月後に同じ指標がどのようになったかについても追跡調査されています。
その結果がこちらです:
| 指標 | グループ | 介運動開始前 | 6週間後 | 3ヶ月後 |
|---|---|---|---|---|
| 疲労なしでの演奏時間 (秒) | 監視下で運動 | 52.00 ± 24.28 | 80.00 ± 42.22 | 63.50 ± 27.79 |
| 自宅で運動 | 50.50 ± 28.91 | 71.50 ± 28.28 | 72.00 ± 28.20 | |
| 運動なし | 43.57 ± 38.37 | 41.42 ± 30.64 | 51.42 ± 35.67 | |
| 特定速度での演奏維持時間 (秒) | 監視下で運動 | 33.80 ± 9.44 | 49.40 ± 8.72 | 53.00 ± 11.16 |
| 自宅で運動 | 64.40 ± 30.24 | 81.70 ± 36.11 | 85.90 ± 40.12 | |
| 運動なし | 44.34 ± 21.21 | 44.66 ± 19.21 | 42.50 ± 17.00 |
注目すべきは運動した2つのグループの伸びです。
スタミナを表す「疲労なしでの演奏時間」が明らかに伸びていますし、スピードと精密さを表す特定速度での演奏維持時間も大きく伸びています。
面白いのは3ヶ月後の結果です。監視下で運動していたグループは研究終了後にトレーニングをやめた人が多く、数値が下がってしまいました。一方、自宅で運動していたグループはトレーニングの習慣がついたためその後も数値が向上しています。
これはパーソナルトレーナーをつけるなど大掛かりなトレーニングをしなくとも、自宅で手軽にやれる筋トレを細々と続けるだけで良いということを意味しています。
私のこれまでの経験でも、ギターがうまい人の中には運動経験がある人が多い気がします。その一因は筋肉なのかもしれません。
筋トレによってクラシックギターのスキルが向上する3つの理由

それではなぜ運動競技ではないクラシックギターのスキルが筋トレによって向上したのでしょうか。
もちろん筋力がつけば楽に指を使えるようにはなり、結果として脱力できるのですが、より具体的には大きく分けて3つの理由があります。
近位の安定性が遠位の可動性を生む(Proximal Stability for Distal Mobility)
1つ目の理由はギタリストを含む器楽演奏者が抱える筋力の割合のアンバランスさの解消です。
運動学および神経リハビリテーションの分野において、「近位の安定性が遠位の可動性を生む(Proximal Stability for Distal Mobility)」という基本原則があります。
人間の体はポパイのようにどこか一か所の筋肉が強ければ何でもできるというものではありません。
弦を弾いたり押さえたり、指や腕を素早く大きく動かしたりすれば、その反動としての力が必ず生まれます。
その反動は腕の中にある指を動かすための筋肉だけではなく、体幹や背中などの筋肉が錨のようにしっかりとした土台となって反動を受け止めてはじめて指が自由に動くのです。
しかしながら、我々は筋肉があってもなくてもギターが弾けます。これは人間の体はうまくできていて、どこかの筋肉が足りなければほかの筋肉を無理やり使って何とかしてくれるからです。
体幹や背中の筋肉が不足している場合、指の動きだけに使いたい腕の筋肉や首の筋肉などを無理やり代わりに使うことになり、筋肉の緊張が生まれ、指の独立性や素早い動き、繊細な動きが難しくなるでしょう。
言い方を変えれば、筋肉の脱力ができるようになるのです。筋トレによって脱力ができるようになるというのは面白いですね。
筋トレによって体幹や背中の筋肉を鍛えれば、今まで土台としても機能せざるを得なかった指を動かす筋肉がその負荷から解放され、クラシックギターの演奏がうまく行えるようになるのです。
微小な筋肉を鍛える効果
2つ目の理由は微小な筋肉が鍛えられることによる効果です。
ヴァイオリンやヴィオラ奏者を対象にした研究によると、音楽家の手のひらの内部にある筋肉(内在筋)は一般の人よりも弱いことがわかりました(参考:Gorniak, et al., 2019)。
ヴァイオリンやヴィオラ奏者はあまり手のひら内部にある筋肉を使わないので衰えるのですが、決して演奏に不要な筋肉ではありません。
ところが先述の通り人間は足りない筋肉をほかの筋肉で代替できるので、それほど使わない場合はその筋肉ではなくほかの筋肉で補ってしまいます。
結果、本来使ったほうが楽な内在筋が使われずにほかの筋肉にしわ寄せが行き、演奏に影響が出るのです。
そこで内在筋を強化・活性化するエクササイズを行ったところ、多くの演奏者が「演奏がより楽になり、無駄な力が抜けた」と報告しています(参考:Gorniak, et al., 2019)。
つまり、楽器を演奏していればそれに必要な筋肉が自動的に鍛えられるものではなく、あまり使わない筋肉は意図的に鍛えてあげないといけないということですね。
クラシックギターでいえば、左手の指を曲げる(弦を押さえる)力は強そうですが、伸ばす力は必ずしも強くないかもしれません。
また、右手に関してもできるだけ腕にある筋肉を使って演奏するのが望ましいとされているため、逆に上級者は手のひらの筋肉が弱くなりそうです。
この辺りはスポーツ選手が競技の練習ばかりでなく、筋トレも必要というところに通じそうです。
緊張と弛緩の切り替え時間が短くなる
クラシックギターの演奏では筋肉の「緊張」と「弛緩」を素早く切り替えなくてはなりません。
左手で弦を押さえたり、右手で弦を弾いたりする瞬間は筋肉を収縮(緊張)させる必要がありますが、その直後には次の動作に向けてすぐに弛緩させる必要があります。
そして筋肉の緊張と弛緩の切り替えは難しい曲になればなるほど短い時間で行わなくてはいけないでしょう。
実はこの切り替えは筋力が高ければ高いほど素早くできます。
緊張と弛緩の切り替え時間は平たく言えば全力の何パーセントを出したかで決まります(参考:Chadefaux, et al., 2024)。つまり、全力で弾けば弾くほど弛緩までの時間がかかるのです。
筋力があまりない奏者は同じ音量・音色の音を出すのに100%の力が必要かもしれませんが、筋力が十分ある奏者は全力を出す必要がなく、結果、緊張と弛緩が素早く行えます。
週3回・1回20分で効果のある筋トレ方法
それではクラシックギター奏者は具体的にどのようなトレーニングを行えばいいのでしょうか。
セラバンドや軽量ダンベルを使用、週3回・1回20分で十分
本記事の冒頭で紹介した論文では以下のように書かれています:
- 道具:セラバンドや軽量のダンベルを使用
- 筋トレした部位:手首の伸筋群、肘の屈筋・伸筋群、肩の外転筋群、体幹筋群
- トレーニングの頻度と時間:週3回・1回20分(クラシックギタリスト対象は言及なし、第5章のオーケストラ奏者を対象にした研究より)
「セラバンド」というのは薄くて幅広のラバーでできたバンドで、ピラティスなどでよく使われます:
ゴムと同じく伸ばせば伸ばすほど負荷が大きくなるため、自分の体力に合わせて負荷が変えられるのが特徴です。
トレーニングの頻度・時間はアマチュアのギタリストであっても、週3回・1回20分これくらいの時間なら確保できるのではないでしょうか。
AIに作ってもらった筋トレメニュー

ところが論文は運動メニュー紹介ではないので、具体的にどのような運動をすれば良いかまでは言及されていません。
また、私も運動の専門家ではないので、どのようにトレーニングすべきかわかりませんでした。
そこでGoogleのGeminiに論文の内容および上記の条件で運動メニューを作り、それらが何の役に立つのか解説してもらいました。セラバンドだけで行えるので手軽です。
左手のセーハを軽々こなす「手首の伸筋群」:10回×3セット / セラバンド(弱〜中)
弦を握る力ばかりで不均衡を起こした前腕の表側(伸筋)を鍛えます。
【やり方】前腕を太ももに乗せ、手のひらを下に向け、足で踏んで固定したゴムバンドを握る。手首だけを上に向かってグッと起こし、ゆっくり戻す。
【ギターへの恩恵】手首のアーチがピタッと安定し、左手のセーハ(バレーコード)の維持が驚くほど楽になります。
右腕の突っ張りと巻き込み肩を防ぐ「肩の外旋筋群」:10回×3セット / セラバンド(弱)
ローテーターカフ(インナーマッスル)を狙い撃ちします。
【やり方】脇に丸めたタオルを挟み、肘を90度に曲げる。ドアノブ等に固定したバンドを、前腕を外側へ「車のワイパー」のように開く動きで引っ張る。
【ギターへの恩恵】右腕をボディに乗せて前傾する際の「肩甲骨の後ろ側の支え」を強化し、腕全体の力みを根本から抜きます。
ハイポジション移動を背中で支える「肩の外転筋」:10回×3セット / セラバンド(中)
肩甲骨のコントロール力と、演奏姿勢のスタミナを作ります。
【やり方】バンドの両端を両手で持ち、胸の前から左右の肩甲骨を背中の中心にギューッと引き寄せるように、腕の形が「W」になるまで真横に引っ張る。
【ギターへの恩恵】左腕をハイポジションへ滑らかに移動させるスタミナを作り、長時間の演奏姿勢を背中から安定させます。
指先の精密なコントロールを解放する「座位体幹(コア)」:左右10回×3セット / セラバンド(中)
演奏中にねじれがちな骨盤と背骨をまっすぐ支える腹圧(パロフプレス)を鍛えます。
【やり方】ドアノブに固定したバンドを横向きに座って両手で胸の前に持ち、横に引っ張られる力に体幹で耐えながら、両手をまっすぐ前方に突き出す。
【ギターへの恩恵】中心がガッチリ安定することで、「近位の安定性が遠位の可動性を生む」の鉄則通り、指先が完全に自由になります。
ダダリオ製の筋トレグッズもおすすめ
セラバンドとかダンベルとか大げさで乗り気でないという方には、プロアルテなどの弦で有名なダダリオから出ているギタリスト向けの筋トレグッズがおすすめです。
こちらのリストボールは手首を鍛えられます:
こちらのハンドトレーナーは握力を鍛えられます:
筋肉用ではないですが、私が使ってレビューしているこちらのFiddilinkもおすすめです:

くれぐれもやりすぎには注意、細く長くが重要

筋トレはクラシックギターの上達に役立ちますが、くれぐれもやりすぎには注意してください。
特に普段運動習慣のない方が急に強度の高い筋トレを行うと体を痛める可能性があります。
決してムキムキにならなくてはいけないわけではなく、論文の結果にもあった通り自分でできる範囲の筋トレを細く長く続けるほうが大事です。
筋トレはあまりやっている人がおらず、ギター上達の壁を打ち壊す一手になる可能性もありますので、行き詰っていると感じている方は試してみてはいかがでしょうか。
























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