同じ弦・弦長なのに「張りの強さ」が違う謎。クラシックギターの体感テンションを紐解く動的剛性

クラシックギターの張りの強さのイメージ画像 楽器
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店頭でギターを試奏した際、楽器によって張りが全然違うと感じたことはないでしょうか。同じ弦を張り、弦長も同じなのになぜ?という疑問を感じた方は少なくないと思います。実は張りの強さが異なって感じられるのは気のせいやプラシーボ効果などではなく、科学的な根拠があるのです。この記事では指先が感じ取っている「張りの強さ」の正体を3つのメカニズムを解説します。

静的な張力と体感の張力は物理的に異なる

まず、なぜ同じ弦を張り、弦長も同じにもかかわらず張りの違いを感じるのかを解説します。

弦のパッケージに書いてあるのは「静的な張力」

そうはいっても、弦のパッケージに「この弦の張力は弦長650mmの時に**kgです」と書いてあるよね?と思う方もいるかもしれません。

弦のパッケージに書いてある張力は、弦を仕様通りの音程にし人間が弦を触っていないときにギターにかかっている張力です。いわば「静的な張力」といえるでしょう。

この静的な張力は弦長、音程、弦の太さや材質で決まるので楽器ごとの差は生まれません。メルセンヌの法則と呼ばれる式によって厳密に定義されます。

したがって、試奏の際に同じ弦長で同じ弦を張り、同じ音程にしていれば静的な張力の差はありません

体感の張力には「変形のしにくさ」がかかわる

ここでポイントは、「張りの強さ」は演奏時に指に感じるものであるということです。そこに置いてあるギターを見て「張りが強い」と感じる人はいないでしょう。

そして演奏時には右手にせよ左手にせよ、弦を押して曲げることで演奏します。

実は静的な張力を計算するためのメルセンヌの法則は「完全に柔軟な弦」を「完全に固定された両端」に固定することを仮定しています。

このため、実際のギターのように硬さがある弦を柔軟性があるボディに張り、弦を弾いて動的に弦や楽器が振動する場合にはこの式では表しきれないのです。

つまり「動的剛性」によって体感の張力が影響を受けてます。

自動車で例えると静的な張力は車の総重量に当たります。一方、体感の張力は走行時の乗り心地であり、サスペンションなどの足回りで大きく変わるのです。

体感上の張りの強さを決める3つの要素

それでは体感上の張りの強さを決める3つの要素をそれぞれ解説していきます。

まずは表でまとめます:

要素科学的根拠張りの強さへの影響
サドルからブリッジの穴までの角度キャプスタン方程式角度が深いほど張りが強く感じられる
表面板の変形しやすさ駆動点アドミタンス変形しづらいほど張りが強く感じられる
ネックの剛性CTCMモデル剛性が高いほど張りが強く感じられる
ギターの体感上の張りの強さを決める3つの要素

サドルからブリッジの穴までの角度:キャプスタン方程式

1つ目の要素はサドルからブリッジの穴までの角度です。以下の図でいうところの、サドルから左にまっすぐのびている弦と、サドルから右下に斜めに伸びている弦の角度ですね:

ギターは弦をサドルとナット/フレットで支え、その間で弦を振動させることで音を出します。

教科書的な物理学ではサドルとナット/フレットは「完全に固定された固定端」と定義されるのですが、現実のギターはそうではありません。特にサドルは溝がなく、弦がある程度自由にサドルの上を移動できる状態にあるといえるでしょう。

弦を弾くと弦が引っ張られ、サドルと弦が接する箇所が横にずれます。ずれるとサドルからナットまでの弦全体の長さ(総延長)が引き伸ばされます

ここで重要なのは弦にはある程度柔軟性があり、ゴムのように伸ばせるという点です。もちろんゴムのようにビヨンビヨン伸びたりはしませんが、指で弾いたときに少し伸びるのです。そしてゴムも弦も、同じ素材であれば長いほうが伸ばしやすいです。

したがって、弦が横にずれて全体の長さが長くなると弦を伸ばしやすくなり体感の張力が小さく感じられるのです。

弦を弾いたときに弦全体の長さがどれだけ長くなるかは、サドルと弦の摩擦力で決まります(キャプスタン方程式、参考:Stuart, 2002)。たとえば摩擦力が無限であれば弦は全く動かないので弦の長さが伸びず、硬く感じられるでしょう。

現実的には摩擦力は有限であり、サドルと弦が同じであれば摩擦力はサドルからブリッジの穴までの角度で決まります

サドルからブリッジ穴までの角度サドルと弦の摩擦力体感張力
浅い小さい弦長が伸びやすく小さくなる
深い大きい弦長が伸びづらく大きくなる
サドルからブリッジ穴までの角度と体感張力の関係

ダブルホールや弦留めチップで張りが強くなる理由

ところで、クラシックギターの世界ではダブルホール構造のブリッジや、弦留めチップを使うと張りが強くなると聞いたことはないでしょうか?

実はその理由がこのキャプスタン方程式にあるのです。

普通の弦の留め方の場合、弦自身が弦を上に引っ張り上げるので角度が浅くなり、体感張力が小さくなります。

一方、ダブルホールや弦留めチップを使うと角度が急になり、張りが強く感じられるようになるのです。

表面板の変形しやすさ:駆動点アドミタンス

2つ目の要素が表面板です。

弦を弾いたときに動くのは弦の端点だけではありません。ギターの表面板は振動しやすいように薄く柔軟な素材で作られており、弦を弾くと変形します

弦を弾くとブリッジをボディ方向に押し下げる力と、サドルをネック側に倒そうとする回転モーメントが発生します。下の図でいうところの青い矢印が押し下げる力、黄色の矢印が回転モーメントです。

「回転モーメント」というと難しそうですが、要はブリッジを斜め上方向に引きはがそうとする力と思えばわかりやすいでしょう。

表面板が柔らかいとこの力によってたわみ、指から弦にかけた力が一部逃げるのです。わかりやすくいえば、弦の両端にバネがついていて、表面板が柔らかい場合は柔らかいバネ、表面板が硬い場合は硬いバネがついている状態といえます。

硬いバネの場合は指が大きな抵抗を感じますが、柔らかいばねの場合は少しずつ張力が大きくなるように感じられて結果的に「張りが弱い」と感じられるのです。

この弦からブリッジに力が加わった時の「動きやすさ」のことを「機械的モビリティ」とか「駆動点アドミタンス」と呼びます。

ラティスやダブルトップは伝統的なファンブレーシングより張りが強く感じられる

この駆動点アドミタンスが影響しているのが、新しいラティスブレーシングやダブルトップ構造のギターとファンブレーシングのギターの張りの違いです。

ファンブレーシングのギターは主にギターのネックからテールの方向に力木が配置されます。逆に横方向には力木がないか、あるいはあっても弱めの力木しか配置されません。

出典:This is Classical Guitar

表面板をロールケーキのようにぐるぐると巻くことを考えてみてください。ファンブレーシングの表面板はネックからテール方向には巻きにくいですが、横方向には巻きやすいのではないでしょうか。

この巻きやすさはファンブレーシングの表面板の変形のしやすさであり、弦を弾いた時の力の逃げやすさを意味します

一方、ラティスブレーシングやダブルトップ構造のギターは力木が縦横両方向にあり、かつ強靭です。

出典:This is Classical Guitar

このためラティスブレーシングやダブルトップ構造の表面板が変形しづらく、弦にかけた力が逃げにくいので張りが強く感じられます

もちろん同じファンブレーシング/ラティス/ダブルトップ同士でも、力木の配置や材質、形状によって張りの感じ方は変わるでしょう。

私が使っているハウザー2世とヘスス・ベレサール・ガルシアはどちらもファンブレーシングですが、明らかにハウザー2世のほうが張りが強いです。

ネックの剛性:CTCMモデル

3つ目がネックの剛性です。

ギターのネックは一般的に木材で作られており、ある程度柔軟性があります。

すると、弦を弾くときに力をかけるとネックが少しお辞儀をするように変形します(目で見えるほどではなく微小に)。

表面板と同じく、ネックが変形するとバネのように力を吸収するので張りが弱く感じられるでしょう。

このことはCTCMモデル(Coupled Tuning Compliance Model)として音響力学で証明されています(参考:Groves and Kemp, 2019)。

マホガニーはセドロより剛性が高い

ネックの剛性を決める要素はいくつかあります。

まずは材料です。一般的にクラシックギターのネックに使われる材料はマホガニーとセドロですが、この2つを比べると曲がりにくさはマホガニーのほうが上です:

ネック木材ヤング率(曲げに対する剛性)特徴と剛性の傾向
ホンジュラス・マホガニー高い(約 9 〜 12 GPa)繊維が詰まっており、曲げに対して強い(変形しにくい)
セドロ(スペイン・シダー)中〜低(約 7 〜 9 GPa)マホガニーより軽量で柔らかく、曲げに対してしなる(変形しやすい)
クラシックギターのネックに使われる木材の剛性

したがって、同じ条件であればマホガニーのほうが張りが強くなります

ただ、ネックは太さや形状がギターごとに大きく違いますので一概には言えないところもあるでしょう。

たとえば太いネックは剛性が高くなりますし、薄いネックは剛性が低くなります。ネックが薄いと弾きやすいという理由の1つは実は張りの低さにあるのかもしれませんね。

黒檀補強やカーボンロッド、トラスロッドも張りを強くする

ネックの剛性を決める要因として、補強が挙げられます。

たとえばクラシックギターの場合はネックに黒檀を埋め込むという手法が一般的に取られています。

私が使っていた桜井マエストロRFもそうでした:

GGWS-1Sにおいた桜井 Maestro-RF メイプル横板/裏板

スモールマンなどの現代的なギターの中にはカーボンロッドやトラスロッドが埋め込まれているものがあります。

こういった補強を施したネックの剛性は高くなるので、張りは強くなるでしょう。

張りの強さと音質の関係

張りの強さは弾き心地だけでなく、ギターの音質にも影響します。

前項で紹介した各要素に対し、音質や音響特性への影響をまとめたのが以下の表です:

物理的要因状態体感テンション音質・音響特性への影響
サドル~ブリッジ穴までの角度浅い(摩擦低)柔らかいアタックが穏やか、エネルギー伝達効率がやや低い。
サドル~ブリッジ穴までの角度深い(摩擦高)硬い(強い)アタックが鋭い、表面板への駆動力が増加。
表面板アドミタンス高い(動きやすい)柔らかい倍音豊かでアタックが速いが、サステインが急減衰するリスク。
表面板アドミタンス低い(動きにくい)硬い(強い)サスティーンが長くクリアだが、初動の駆動にエネルギーを要する。
ネックの曲げ剛性低い(たわむ)柔らかいサスティーン低下、デッドスポット発生のリスク増。
ネックの曲げ剛性
高い(強固)
硬い(強い)弦の振動エネルギーが保たれ、長いサスティーンを実現。
ギターの体感張力を決める各要素の音質への影響

以前現代ギター誌か何かで河野賢氏が「ネックに補強のために黒檀を埋め込んだら結果的に音がよくなった」ということをおっしゃっていましたが、黒檀を埋め込んだために張りが強くなり、それが音質に影響したのかもしれません。

また、弦留めチップの効果である「クリアな音になる」はまさにサドルからブリッジのホールまでの角度を深くした際の「アタックが鋭い」に当てはまります。

自分のギターの張りの強さを強くしたり弱くしたりするには?

面白いことに、張りの強さを決める要素の中に自分で変えられる要素があります。

それが「サドルからブリッジのホールまでの角度」です。

張りを強くしたければ、できるだけこの角度を大きくするように弦留めチップを使うと良いでしょう。

逆に弱くしたい場合、サドル弦が接するところに潤滑剤を塗布すると良いです。身近にあるものでいうと鉛筆の芯の粉が使えますし、以下の記事で紹介したルブリキットもおすすめです:

ギターのチューニングを安定させる潤滑剤 「ダダリオ ルブリキット(Lubrikit Friction Remover PW-LBK-01)」を試す
ギター演奏に欠かせない弦にとって良い音を出すにはスムーズな振動が必須です。特にサドルとナットは常に弦が触れている部分であり、抵抗が大きいとチューニングが安定しません。そんなサドルとナットの潤滑剤と販売されているダダリオの「ダダリオ ルブリキ…

また、実は弦の角度はサドルだけでなく反対側のナットのほうにも効きますので、できるだけナットから糸巻きまでの弦の角度をまっすぐにすると張りの強さが緩和されます。

「張りが強い楽器」は気のせいやプラシーボ効果ではない

この記事で紹介してきたように、弦の静的張力と楽器の張りの強さである「体感張力」は科学的な根拠に基づいて異なるといえます

体感張力はサドルからブリッジ穴の角度、表面板の動きやすさ、ネックの剛性で決まり、同じ弦・弦長であっても張りの強さが違うのは当たり前なのです。

張りの強さは音質にも影響を与えますので、音の傾向を知るのにも張りの強さを知るのは良い手掛かりになります。

弦留めチップなどで張りの調整は可能なので、張りの強弱が気になっている方はぜひ試してみてください。

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この記事を書いた人
かーる(クラシックギター研究室 主宰)

クラシックギター歴35年、国際ギターコンクール入賞。愛器「ヘルマン・ハウザー2世」、「ヘスス・ベレサール・ガルシア」とともに、クラシックギターのプレイヤー目線の実践的ノウハウを発信しています。

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Google News認定パブリッシャー

当研究室はGoogleパブリッシャーセンターの媒体審査および運営者確認(KYC)を通過した、公式登録パブリッシャーです。

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