ギターに限らず楽器演奏において「脱力」は非常に重要です。レッスン中に「力を抜いて」といわれた経験がある方は多いのではないでしょうか。でもそもそも「脱力」がどういうもので、どうやったら力が抜けるのかわからず、なんとなく弱い力で弾いている方も多いのではないかと思います。この記事ではそもそも「脱力」とは何か、そしてどうやったら力みが取れるのか科学的に解説し、力みを改善するための方法を紹介します。
そもそも演奏における「脱力」とは?
まずは、そもそもクラシックギター演奏における「脱力」とは何かを解説します。
脱力 = 選択的筋活動
最初に強調したいのは、「脱力」は完全に力を抜いてだらっとさせたり、弱い力で弾いたりすることではないという点です。
「脱力」は科学的には「選択的筋活動」のことを指します。
平たく言えば、動かすべき筋肉だけを動かし、動かす必要のない筋肉を動かさないということですね。
共収縮による力みの発生

そんなの当たり前だし、ギターを弾くときには必要な筋肉しか使ってないと言いたい気持ちはよくわかります。
でも、普通の人はその当たり前のことができていないということが科学的に実証されています。
キーワードは「共収縮」と呼ばれる筋肉の綱引きです。
人間は指を動かすとき、指を曲げる筋肉と伸ばす筋肉を収縮させています。弦を弾く右手も弦を押さえる左手もこれは同じです。
本来であれば、たとえば右手の場合弦を弾くときに曲げ、弾き終わった後に伸ばすのが理想的。
ところが人間の脳は動作の学習時や精密な運動軌道を維持しようとする際、曲げる筋肉と伸ばす筋肉を同時に収縮させます(参考:Kato, et al., 2019)。
ピンセットで爪楊枝を持ち上げ、それを小さな穴に差し込む場面を思い浮かべてください。この時、運動を安定させるために関節を固定しようと、曲げる筋肉を伸ばす筋肉を同時に収縮させているのがイメージできるかと思います。
共収縮が発生すると関節が一時的に硬直状態に陥り、動作の滑らかが失われます。指を曲げる筋肉と伸ばす筋肉が同時に引っ張り合ってケンカしているのだからそうなっても仕方はないでしょう。
また、本来必要なエネルギーよりも大きなエネルギーを消費するため、筋肉の疲労が大きいです。
表面筋電図(sEMG)を使った研究によると、熟練した奏者は初心者に比べて筋肉の独立性が非常に高く、共収縮が起こりづらかったのだそうです(参考:Safavynia, et al. , 2011)。
また、脳そのものを観察した実験においても、音楽家の脳は高度に組織化され、共収縮が起こりづらくなっているとされています(参考:Ganjave anmd D’souza, 2019)。
筋力に頼らない「バイオテンセグリティ」の利用
もう1つの観点は、そもそもできるだけ筋力を使わずに演奏するというものです。
関節の構造や回転軸を正しく利用し、重力や慣性を使うことで、筋収縮によるエネルギー消費を最低限に抑えます。
筋収縮しなければそもそも共収縮も発生しません。
なぜ力んでしまうのか?その脳と身体のメカニズム
なぜ楽器演奏時に力んでしまい脱力できないのか、その脳と身体のメカニズムをより詳細に解説します。
脳が仕掛ける罠:「自由度の凍結」

ロシアの神経生理学者ニコライ・ベルンシュタイン(Nikolai Bernstein)は、人間の運動制御における「自由度問題(Degrees of freedom problem)」を提唱しました(参考:Muratori, et al., 2014)。
人体には多数の関節と無数の筋肉が存在します。たとえばギターの弦を左手で抑えるという動作一つとっても、関節と筋肉の選択肢を組み合わせると無限の選択肢(自由度)が存在するといえるでしょう。
人間は運動学習の初期段階において、この膨大な自由度をリアルタイムで計算しきれません。このため、脳は無意識のうちに複数の関節を筋肉の共収縮によって動かなくし、選択肢を無理やり狭めるという戦略をとります。
これが運動における「自由度の凍結(Freezing degrees of freedom)」と呼ばれるものです。
クラシックギターを習いたての頃、指がぎこちなくしか動かず、短時間で筋肉が疲れてしまった経験はないでしょうか?これはどの関節と筋肉を組み合わせてギターを弾けばいいか脳がわからず、「自由度の凍結」によって過剰な共収縮が起きるのが原因です。
つまり、力みは個人の悪癖や不注意ではなく、未知の課題に直面した脳がなんとかしようと頑張った結果であり、人間にとって自然な生存・適応戦略なのです。
演奏不安(あがり症)と交感神経
力みには物理的な側面だけでなく、心理的な側面もあります。
演奏に対する不安やコンクールなどのストレスが生じると、人間は交感神経系を優位にし、心拍数や血圧の上昇とともに、筋肉の緊張を無意識に高めてしまいます。
ピアニストを対象とした実験では、大きなストレスがかかる状況では熟練した演奏者であっても前腕の共収縮が優位に上昇することが確認されました(参考:Yoshie, et al., 2009)。
また、人間の脳はストレスや脅威を感じるとより安全で確実な原始的運動制御モードへと対抗する傾向にあります。原始的運動制御モード=自由度の凍結ですね。
つまり、心理的な力みについてもやはり、人間の自然な生存・適応戦略といえます。

最終的には局所性ジストニアになる可能性も

脱力できず「力み」がどんどん強まると、局所性ジストニアになる可能性があります。
これはたとえばギターの演奏中に勝手に指が掌側に丸まりこんだり、不自然に伸びきったりして完全にコントロールを失ってしまうような症状です。
研究によると、ジストニア患者は小脳から大脳皮質への抑制が大きくて低下しています(参考:Kato, et al., 2019)。
新しい運動スキルを獲得する過程でこの抑制低下が学習を促進するのですが、疲労を無視した過度な反復練習や力任せの演奏を継続するとこの抑制低下が暴走し、病的な共収縮として定着してしまうのだそうです。
ちなみにギターなどの撥弦楽器は右手に発症しやすく(78%)、バイオリンやフルートは左手に発症しやすい(68%~81%)のだとか。
生体力学に基づく脱力へのアプローチ方法
それでは、どのようにすれば力みを取って脱力できるのでしょうか。生体力学に基づくアプローチ方法を解説します。
演奏姿勢の改善と支持具(ギターサポート)の使用
意外と思われるところから解説すると、演奏姿勢の改善が脱力につながります。
ギターの演奏姿勢が不安定だと、ギターを支えるために常にどこかに力が入ったままになりますし、さらには身体そのものを支えるために力が入ってしまいます。
よく言われる、両手を離してもギターが安定している姿勢が大切です。
さらに、ギターリフトやギターレストといった支持具の使用が脱力につながります。
支持具を使うと両足が床につき、体幹の安定性が向上します。また、楽器保持のために前腕や手首を使用する必要がなくなり、演奏していないときの力みが取れるのです。
足台でも安定した演奏姿勢は作れますが、どうしても体にねじれが生じるので力を完全に抜くのは難しいでしょう。
私も最近、長年使っていた足台からWoodside Guitar Supportに乗り換えました。きっかけは腰痛でしたが、確かに人前で弾くときの力の入り方がましになったと感じています:


本サイトではさまざまな支持具を実際に使ってレビューしています。以下の記事でそれらをまとめていますのでご覧ください:

ゆっくり練習して脳を鍛える
上で紹介した「自由度の凍結」から脱却して脱力にするには、思い描く動作に対して必要最小限の筋肉の動きを脳に教え込まなくてはなりません。
ここで注意したいのは、脱力が不完全な状態で反復練習すると脳はそれを正解だとみなして覚えてしまうという点です。つまり、力んだ状態でずっと弾き続けると、脳は「あ、それで良いんだ」と理解して力がぬけなくなってしまいます。
このため、脱力した状態で演奏できるようになるには、まずは極めて遅いテンポで、筋肉の緊張が解けていることを一音一音(あるいは小節ごとに)確認しながら弾くプロセスが重要です。
注意したいのは単にゆっくり弾けばいいというものではないというところにあります。「筋肉の緊張がどこかにないか」としっかりと確認しながら弾かなくてはなりません。

なお、このゆっくり練習するということと速弾きの練習は別物です。速弾きについては以下の記事を参照ください:

バイオフィードバックによる自己認識の強化

「表面筋電図バイオフィードバック(Biofeedback / Muscle Learning Therapy)」という方法が、医療やスポーツ、音楽家のリハビリテーション分野で効果を上げています(参考:Yarbrough, 2012)。
これは筋肉に電極を張り付け、筋肉の電気活動を音や光で演奏者に提示するというものです。
「どうやったら脱力できるのかわからない」という悩みを持つ方が多いことからわかるように、人間は無意識/無自覚に力んでいます。
そこで力んでいるかどうかを機械的に検出し、それをフィードバックすることで自発的な筋弛緩を促すのがバイオフィードバックの肝です。
今のところ一般のアマチュアが気軽に使える方法ではないのですが、ギターのネックやピックに圧力センサーを搭載して筋緊張を特定する技術や、VRを使って筋肉の選択的収縮を学習させる研究も進んでおり、近い将来誰もが使えるようになるかもしれません(参考:Karolus, et al., 2018)。
アレクサンダーテクニークやカルレバーロ奏法
一般のアマチュアが取り入れやすい方法としては、アレクサンダーテクニークやカルレバーロ奏法が挙げられます。
アレクサンダーテクニークは身体の使い方を学び、そこから必要な筋肉だけを意識的に使うようにするというまさに「脱力」を学ぶ技術です。
また、カルレバーロ奏法は重力を使って腕の重みで弦を押さえることで、左手の力みを減らすなど、さまざまな脱力のテクニックを教えてくれます。

脱力は才能ではなく、自分で鍛えられる「技術」である
この記事で紹介したように、脱力は決して才能によって実現されるものではなく、科学的に考えれば自分で鍛えられる「技術」です。
しかしながら、ほとんどの人は無自覚に力んでしまっており、なんとなく力を抜いてみることしかできていません。
実際には力みは自由度の凍結やストレスによって起きており、誰でも自分で脱力のスキルを向上できます。
どうも力んでしまうという方は、まずは支持具の導入を含めた演奏姿勢の改善から取り組んで未定はいかがでしょうか。


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