クラシックギターの弦長は長らく650㎜が標準とされ、それより短いものは「ショートスケール」と呼ばれます。ショートスケールのギターになんとなくネガティブなイメージが付きまといがちですが、実は人間工学的には理にかなっていて、アナ・ヴィドヴィッチやデヴィッド・ラッセルといったクラシックギターの名手たちもすでにショートスケールのギターを使っています。650mmのギターからショートスケールのギターに持ち替え、さらにロングスケールのギターを併用している筆者が歴史的経緯、科学的な内容と実体験を交えて解説します。

このサイトのクラシックギターの材料や楽器その物に関する記事は以下の記事でまとめてあります:
なぜクラシックギターの標準弦長は650mm?
まずはなぜ現代のクラシックギターの標準的な弦長が650mmなのか解説します。
歴史的には弦長は以下のように変遷しました:
| 時代 | 標準的な弦長 | 背景・目的 |
| 19世紀前半 | 610mm – 630m | サロンでの室内楽演奏、ガット弦の耐久性弦界への適応 |
| 19世紀後半~ | 650mm | 音量の増大、ヴァイオリン弦との互換性 |
| 1960年代~1980年代 | 660mm – 665mm | ナイロン弦導入による張力不足の補完、大ホールでの音量要求 |
| 現代 | 640mm – 650mm | 人間工学に基づく身体への負担軽減、技術性の追求 |
ヴァイオリンの弦を転用するために650mmに
かのトーレスがクラシックギターの音量を増やすためにそれまでの610mmから630mmだった弦長を650mmにしたことはよく知られていますが、そもそもなぜ「650mm」なのかについてはあまり知られていません。

トーレスについてはこちらの記事で詳しく解説しています:
実はその理由は「ヴァイオリンの弦を流用するため」であったという説があります(出典:Wikipedia)。
ヴァイオリンの標準的な弦長は325mmと、ちょうど650mmの半分です。また、クラシックギターの中で最もテンション(張力)が高い1弦の開放弦の音は、ヴァイオリンの1弦の開放弦の1オクターブ下の音になります。
弦のテンションは音程の2乗に比例し、弦長の2乗に比例するため、以下の表のように、325mmのヴァイオリンの1弦のテンションと650mmのクラシックギターの1弦のテンションはぴったり一致するのです:
| 楽器 | 弦長(ヴァイオリンを1とする) | 音程(ヴァイオリンの1弦を1とする) | テンション |
| ヴァイオリン | 1 | 1 | (1×1) x (1×1) = 1 |
| クラシックギター | 2 | 1/2 | (2×2) x (1/2 x 1/2) = 1 |
当時のヴァイオリンやギターは品質が安定しづらく切れやすいガット弦を使用していたので、テンションが変わると音や寿命が安定しない可能性が高く、このような判断をした可能性は高いでしょう。
ナイロン弦の登場で665mmまで弦長が伸びる
その後ナイロン弦が登場したことによりヴァイオリンの弦を流用する必要がなくなり、また品質が安定しました。
一方、セゴビアなどの登場によってより大きいホールで使える大音量のギターが求められます。ナイロン弦はガット弦に比べて密度が低く、テンションが低く、音量の面では不利でした。
そこでホセ・ラミレス3世などの製作家が660mmや 665mmといったロングスケールのギターを標準モデルとして展開します。
1960年代から1980年代までは世界中のトッププレイヤーがこぞってこのようなロングスケールのギターを愛用しました。
身体への負担軽減のため650mmに回帰、そしてショートスケールへ

ロングスケールのギターには大音量というメリットがあるものの、体への負担が大きいというデメリットがあります。
指が長く恵まれた体格のギタリストなら問題ないかもしれませんが、人間は必ずしもそうではありません。
また、技巧的な曲の演奏にはたとえ指が長くても弦長が短いほうが有利であることがあります。
そこで1990年代以降はふたたびトーレスの時代の650mmに弦長が回帰しました。
さらには音量をラティスブレーシングやダブルトップといった技術で補うなどして、ショートスケールでも十分な音量が得られるようになり、現代ではトッププロでもショートスケールのギターを使用しています。
ショートスケールのギターの長所と短所
ショートスケールの長所と短所を科学的な視点から解説します。
音響学的観点:甘い音だが音量が減りビビりやすい
音響学的にみると、弦長が短くなると弦のテンションが低下します。
張力が低下した弦は高次倍音が相対的に減少し、基本波と低次倍音の成分が強調されます。
これによりショートスケールのギターは中音域が豊かで「甘く、暖かく、ふくよかな」音色特性になります。
また、高音から低音までの音色の均一性が増すので、バランスの取れた音を出せるのも特徴の1つです。
一方、単純にテンションが下がると音量が下がるほか、弦が保持できるエネルギーが減るため、音の伸びが短くなります(参考:Douglas Niedt )。
また、弦の振動の振れ幅が大きくなることで強く弦を弾いたときに弦がフレットに接触してビビりやすくなります。また、テンションが低くなることで特に低音弦の音がぼやけがちです。
なお、これらの短所は「一般的」な話であり、ショートスケールを得意とする製作家は設計などの工夫によって短所を克服しています。
人間工学的観点:身体への負担が減るがハイポジションは逆に弾きづらくなることも
人間工学的観点から言えば、ショートスケールにするとフレット間の長さが短くなり、同じ音程に対して弦のテンションが下がるため、身体への負担が減ります。
ショートスケールのギターはどれくらいフレット間の距離が短くなるのか
以下の記事で紹介したとおり、ギターは平均律楽器ですので、音が半音上がるごとに弦長が 0.94388 倍になります。
ここから計算すると、650mm, 640mm, 630mm, 620mm, 610mmの弦長の楽器で各フレットのナットからの位置は以下のように変化します。
| フレット/弦長 | 650 | 640 | 630 | 620 | 610 |
| 0(開放弦) | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 1 | 36.478 | 35.9168 | 35.3556 | 34.7944 | 34.2332 |
| 2 | 70.90885 | 69.81795 | 68.72704 | 67.63614 | 66.54523 |
| 3 | 103.4074 | 101.8166 | 100.2257 | 98.6348 | 97.04391 |
| 4 | 134.0822 | 132.0194 | 129.9566 | 127.8938 | 125.831 |
| 5 | 163.0355 | 160.5273 | 158.0191 | 155.5108 | 153.0026 |
650mmと640mmを比べると、5フレットの位置になっても3mmしか変わりません。さすがに650mmと610mmを比べると1cm変わりますが、数字で見るとショートスケールといっても格段に短いわけではないことがわかるかと思います。
あまり差がないように感じるかもしれませんが、数ミリの違いは和音やセーハにおいてかなり大きな差です。
実際、私は650mmの桜井マエストロRFから645mmのハウザーIII世に持ち替えたのですが、たった5mmスケールが短くなっただけでその弾きやすさに驚かされました。
5mm短くなるだけでこれだけ違うなら、640mmや630mmはもっと弾きやすいんだろうと思います。
ショートスケールのギターはどれくらい張力が低くなるのか
また、張力の低下も見逃せないポイントです。
実際650mmのギターに比べて640mm, 630mm, 620mm, 610mmのギターが開放弦においてどれくらい張力が落ちるのかを計算しました:
| 弦長 | 650 | 640 | 630 | 620 | 610 |
| 張力の比 | 1 | 0.969467 | 0.939408 | 0.909822 | 0.88071 |
つまり、640mmのギターは640mmのギターに比べて張力が0.97倍になっています。
比較対象としてプロアルテのハード(EJ46), ノーマル(EJ45), ライト(EJ43)の張力をハードとの比で表にしました:
| ハード | ノーマル | ライト | |
| 張力(kg) | 40.8 | 38.93 | 36.2 |
| ハードとの比 | 1 | 0.954167 | 0.887255 |
プロアルテのハードテンションとノーマルテンションの比が0.95倍なので、650mmから640mmのギターに変えるとハードからノーマルにテンションを変えたのに近い差があることがわかります。640mm以下になるとそれ以上です。
また、610mmになるとハードからライトに2段階テンションを落としたのとほぼ同じ効果があることがわかります。これはかなり大きな差といえるのではないでしょうか。
欠点はハイポジションの弾きづらさと弦落ち
逆に欠点としてはハイポジションにおいてはフレット間の長さが短くなりすぎ、指が太い方は逆に弾きづらくなる可能性があります。
また、弦の張力低下によってヴィブラートやスラーの際に弦落ちしやすくなるかもしれません。

私は以前、ショートスケールギターの弦落ち対策でナットとサドルを作り変えました:
手の大きさと最適な弦長の関係
よく知られている事実として、日本人は平均すると欧米人よりも体格が小さく、指も短く手が小さいです。
実際にどれくらい手が小さいのか、そして手の大きさと最適な弦長の関係について解説します。
欧州系男性とアジア系女性では約3cmの違いが
PIANISTS FOR ALTERNATIVELY SIZED KEYBOARDSの調査によると、欧州系の男女とアジア系の男女の間には手を広げた時の大きさに以下のような違いがあったそうです:
| 性別 | 欧州系の平均 | アジア系の平均 | 差 |
| 男性 | 22.6cm | 21.8cm | 8mm |
| 女性 | 20.3cm | 19.8cm | 5mm |
| 差 | 23mm | 20mm | 31mm |
つまり、アジア系の女性と欧州系の男性の間には約3cmもの差があります。
男性同士、女性同士でも8mm/5mmの差がありますので、欧米人向けに設計されたギターは日本人に必ずしも最適でないといえるのではないでしょうか。
巨大な手の持ち主だったタレガやセゴビア

さらに、ギターの弦長が長くなった時に活躍したタレガやセゴビアは大きな手を持っていたといわれています。
弦長が650mmになったときに活躍したタレガは身長が183cmあり、それに応じた大きな手を持っていました。
また、弦長が660mm/665mmに活躍したセゴビアは大きいのはもちろん、肉厚でグローブのような手を持っていました。
欧米人のなかでも恵まれた体格を持っていた両人にとって弾きこなすのにちょうどよかったサイズが、日本人にとって弾きやすいとはいえないのではない可能性があります。
手の大きさと最適な弦長の関係
では、どのように自分に合った弦長を選べば良いのでしょうか。
元クラシックギター科の教授であるダグラス・ニード氏は論文「Guitar Scale Length」において、手の大きさと弦長の適合性について述べています。
ニード氏はタレガが大柄な男性で大きな手(229mm以上)を持っており、それが650mmの弦長で最適な手の大きさだと仮定し、そこから手の大きさと弦長の長さを計算しました。
なお、医学界やピアノ界でも230㎜を下回る手は小さな手であり、標準サイズの楽器では負傷のリスクがあるとされているそうです。
手の大きさと最適な弦長の関係を表にすると以下のとおりです(「手の大きさ」は手を広げた時の小指から親指までの長ささ):
| 手の大きさ | 推奨される弦長 |
| 250mm以上 | 664mm以上 |
| 230mm ~ 250mm | 656mm前後 |
| 210mm ~ 230mm | 650mm |
| 190mm ~ 210mm | 640mm |
| 170mm ~ 190mm | 630mm |
| 170mm 未満 | 615mm |
この表と上で紹介した平均的な手の大きさのデータを照合すると、以下の表になります:
| 属性 | 手の大きさの平均 | 推奨される弦長 |
| 欧州系/男性 | 226mm | 650mm |
| アジア系/男性 | 218mm | 650mm |
| 欧州系/女性 | 203mm | 640mm |
| アジア系/女性 | 198mm | 640mm |
日本人はショートスケールだ!という結論かと思いきや、意外と日本人は650mmでも大丈夫そうでした。
ただしこれは平均値であり、調査でもアジア系男性の手の大きさは最大240mmから最小197mm、アジア系女性は最大229mmから最小172mmと幅がありました。サンプル数は100未満なので世の中ではもっとばらつきが大きいでしょう。
自分の手の大きさを計測し、それにあったサイズを選ぶのがおすすめです。
また、手の柔軟性や指の長さという要素もありますので、もし弾きにくさや手の痛みを感じているなら、640㎜以下を試してみてください。
ショートスケールのクラシックギター試したい方へ
ショートスケールのクラシックギターを実際に試したい方へのアドバイスです。
カポタストをつけるとショートスケールギターが手軽に体験できる
ショートスケールは増えてきたとはいえ、必ずしも近くの楽器屋にあるとは限りません。
ショートスケールになるとどれくらい弾きやすくなるか手軽に体験したいという時は、カポタストを1フレットにつけるとショートスケールギターの弾き心地を疑似体験できます。
1フレットにカポタストをつけて、その状態でいつものチューニングをします。すると650mmのギターの場合弦長が 36.478mm 短くなり、613.22mmの弦長のギターになります。
フレット一マーカーがついている場合は厄介かもしれませんが、この状態で簡単に弾ける曲を弾いてみてください。それが大体610mmのショートスケールギターの感覚です。
初心者向けのショートスケールモデルも
ショートスケールモデルというとカスタムオーダーしなくてはならず、高価というイメージがありましたが、最近では入門者向けのショートスケールモデルも販売されています。
今やどうしても650㎜でなくてはならない理由はなく、ショートスケールモデルのほうが弾きやすいので、ショートスケールのギターで始めたほうが上達が早いかもしれません。
ショートスケールのギターをケースに入れるには?
ショートスケールのギターは650㎜のギターよりも少し小さいため、一般的なケースをそのまま使うと中でギターが動いてしまうかもしれません。
こちらの記事で対策を紹介していますので参考にしてください:
意外と効果の大きいショートスケールのクラシックギター、見栄を張らずに弾きやすいものを選ぶのが吉

この記事で紹介したように、「650mm」という弦長は歴史的経緯から決まった長さであり、必ずしも万人にとって最適な弦長とは言えません。
弦長の長短によるメリットとデメリットを把握し、自分の手の大きさを知ったうえで選ぶことが重要です。
また、クラシックギターの弾きやすさは弦長の長さだけで決まるものではありません。ボディの罪や大きさ、ネックの形状などさまざまな要素が絡み合って決まります。
実際、私は655mmのハウザー2世を使っていますが、650㎜のヘスス・ベレサール・ガルシアと比べて弾きづらいということはなく、むしろベレサールのほうがネックが太くて弾きづらい面があります。
ショートスケールだからという理由で選択肢から外すのは良くありませんが、ショートスケールだからという理由で選ぶのも避けたいものです。
とはいえ、ギターを買い替える際はぜひショートスケールのギターも選択肢に入れてみてはいかがでしょうか。



















コメント
ボディ小さい場合は響棒(力木、バスバー)の厚みと高さを低く細く、あるいはトーレスのサイズ小型器のように縦の響棒省略、かも? そうすれば音色作る縦響棒で抑えてたエネルギー開放され低音大きく出る様子みたいな…
ブリッジのサドル溝がスペインギター伝統と同じ、挿したサドルを1度~5度前傾した同士でですが、
弦振動伝達方向ベクトルをクラギ表板の音色重要部分(サウンドホール下端~サドルまで中心部)に集めフォーカスして
日本は大昔、大勢の人がスペインに学びに行ったから、最古参で廃業前の木曽鈴木や阿部ガット、東海楽器等々~矢入貞雄、中出、河野、松岡、もちろんホセ・ラミレス設計も…俣野は直立サドル溝なブリッジ底面削る力業でサドル1~2度前傾も
サドル溝が真っ直ぐだったり後傾にそっくり返ってれば弦振動の表板への伝達ベクトル向き全然違うから別ストーリーかもですが 失礼しました
イーグル様
コメントありがとうございます。
ショートスケールのギターの作り方はそれぞれの製作家がいろいろと工夫しているのでしょうね。
最近は割と640mmのギターが増えてきたように思えるので、研究も進んでいくのかもしれません。