クラシックギターを演奏する上で消耗品である弦。最近は値上がりが激しく、できるだけ交換頻度を減らしたいと考えている方も多いのではないでしょうか。この記事ではこれまで70種類以上の弦を試し、コンクール入賞経験を持つ私の視点から、そもそもなぜクラシックギター弦は時間とともに音質が劣化するのかを科学的に解説し、そこから寿命を延ばして長持ちさせられる方法を導き出します。
弦の振動の原理について
まずは弦の振動の原理を科学的に解説します。少し難しく感じられるかもしれませんが、弦の基本周波数fnは数式で書くと以下で表されます:
この数式を解釈すると「弦の太さや重さが場所によってバラバラになると、計算通りの綺麗な音が出なくなる」ということになります。これが「弦が死ぬ」正体です。
もう少し詳しく説明すると数式においてnは倍音の次数、Lは弦の有効長、Tは張力、ρは密度、A は断面積をあらわします。
そして理想的に弦が振動するためには張力、密度、断面積が弦の全域にわたって一定でなくてはなりません。弦の劣化はこれらのいずれかが一定でなくなることにより起こります。
ちなみにアコギやエレキよりもクラシックギターのほうが弦に変形しやすい素材を使っているため、影響を受けやすいです。
高音弦の劣化メカニズム
まずは高音弦の劣化について解説します。音質の劣化の要因とその影響をまとめると以下の表のようになります。
| 原因 | 劣化の理由 | 影響 |
| 時間経過 | 弦が振動しづらくなる | 音が硬く平坦になる。また、弦が重く、弾きづらくなる。 |
| 時間経過 | 弦の振動エネルギーが失われやすくなる | 音の伸びが失われる。 |
| 物理的な摩耗 | フレットに当たるところがくぼむ | 倍音がきれいに響かなくなる |
| 物理的な摩耗 | 爪やフレットによる傷 | 高音成分が減衰する、音の伸びが減る |
| 物理的な摩耗 | 弦が一部だけ伸びる | 音程が不正確になる |
時間とともに伸び続ける弦
高音弦は張った直後はどんどん伸び続け、3日から5日ほどたつと伸びが落ち着くというのは、クラシックギターを弾いている方は実感としてあるかと思います。
実は高音弦はその後も少しずつ変形を続けています。これは約7㎏から9㎏の張力によってナイロンなどの素材内部で「クリープ」と呼ばれる永続的な伸びが発生するためです(参考:Lynch-Aird and Woodhouse, 2018)。
新品の弦の内部では分子が皿の上のスパゲティのように、さまざまな方向を向いて複雑に絡み合っています。

この弦をギターに張ると絡まっていた分子が縦方向に無理やり引き延ばされるのですが、最初はスパゲティの例のようにゆるゆるに絡み合っているからどんどん伸びるのです。
そこから時間がたつと分子たちはできるだけ楽な姿勢になろうと少しずつ隙間を埋めるように縦に並んでいき、最後にはこれ以上伸びられなくなります。
いわば、ゆでたスパゲティがゆでる前の状態に戻っていくということですね。
伸びすぎると振動しづらくなって音が劣化
上述のように弦は時間とともに「隙間を埋めるように」縦に並んでいきます。上の画像でいうところの、絡み合ったスパゲティの間には隙間が多いですが、これがゆでる前の隙間が少なくぴしっと同じ方向に並んでいる状態に戻るということです。
そしてある程度時間がたつと分子同士が隙間なく並びすぎ、いわば超満員電車状態になってしまい、振動の柔軟性が失われてしまうのです。
これにより「音が硬く、平坦になった」という印象を受けるでしょう。また、弦が重く、弾きにくくなるという変化も感じられます。
また、単に動きづらくなるだけでなく、隙間がなくなることで分子同士の摩擦が増えて弦の振動エネルギーが音ではなく摩擦による熱として消費されてしまうようになります。
古い弦の音の伸び(サステイン)がなくなるのは摩擦によって弦のエネルギーが失われやすいためです。
物理的な摩耗も劣化要因
クラシックギターの場合はナイロンという柔らかい素材を金属のフレットに押し付けることにより、弦の裏側に徐々にくぼみができます。
上述の通り弦は断面積が均一であるがゆえにきれいな倍音が生まれるのですが、くぼみが大きくなるときれいに響かなくなります。
また、爪やフレットによる傷によって滑らかさが失われ、高音成分が減衰したり、サステインが減少したりします。
さらには弦は音程によって振動する領域が変わったり張力が変わったりするため、弦の全域ではなく一部だけが過度に伸ばされ、音程が悪くなるといった劣化もみられます。
低音弦の劣化メカニズム
次に低音弦の劣化メカニズムを解説します。
さまざまな文献や情報を集めると、低音弦は時間とともにおおむね以下のように劣化していきます:
| 使用時間 | 外観の変化 | 音響的変化 | 物理的変化 |
| 0時間 (新品) | 輝きがある | 豊かな高域倍音 | 線密度が均一 |
| 10〜20時間 | わずかな黒ずみ | 高域の「キレ」が減少 | 巻線の隙間に汚れが堆積 |
| 30〜40時間 | 顕著な変色、サビ | 鈍い音、サステイン欠如 | フレット接触部の巻線が摩耗 |
| 50時間以上 | 巻線の剥離・露出 | 音程が合わない、濁り | 芯線へのダメージ、破断リスク増大 |
汗や皮脂による化学的腐食が支配的
低音弦の劣化要因も高音弦と同じかと思いきや、実は低音弦の場合は汗や皮脂といった人間の分泌物による影響が支配的なのだそうです(参考:Alcaraz, et al., 2024)。

手汗には塩化ナトリウム、乳酸、尿素などが含まれており、以下のように銀メッキと内部の銅線を腐食させます:
| 素材 | 腐食 |
| 銀メッキ | 空気中の硫黄化合物や汗と反応し、硫化銀となって黒ずむ。 |
| 内部の銅線 | 銀メッキの微細な穴から汗が侵入し、内部の銅線と反応して酸化物や緑青となる。 |
このような腐食によって特に高い周波数帯域で激しいエネルギー損失が生じます。
低音弦は時間とともに「音がこもってきた」と感じるかと思いますが、それは高い周波数帯域への影響が大きいためです。

私の経験としては、銀の腐食はすぐにおきますが、銅の腐食は弦をはってからしばらく(月単位で)置いておくとできる気がします。おそらく、最初はメッキが銅が錆びるのを防いでくれるのですが、その効果がなくなっていくと芯である銅が錆びるのでしょうね。
とはいえ、銀がさびた時点で音は劣化していますのでご注意ください。
ちなみになぜ腐食しやすい銅を使っているかというと、
- 高い金属を使うと弦の値段が上がる
- 硬すぎる金属を使うとフレットが削れ、柔らかすぎ弦を使うと弦が削れる
というところのバランスをとったのが銅線のようです。
巻弦の隙間への汚れの堆積
低音弦の音を劣化させるもう1つの要因は、巻弦の隙間に汚れが堆積することです。
指が巻弦に触れることで、皮や皮脂、塵などが隙間に入り込みます。すると以下のように弦の振動を物理的に阻害してしまいます:
| 要因 | 影響 |
| 質量が均一でなくなる | 弦の一部だけが重くなり、弦がきれいに振動しなくなる。 |
| 内部摩擦が増える | 振動エネルギーが摩擦による熱エネルギーに変換され、音が伸びなくなる |
さらに時間が経過するとフレットに当たる部分の巻きが摩耗し、音の劣化がさらに進むでしょう。
実際に堆積した汚れを走査型電子顕微鏡で撮影した画像がこちらの論文に掲載されています。
まず、こちらが新品のオーガスチンレッドの4弦の画像です。非常にきれいです:

一方、こちらが30日間使い古した弦です。びっしりと汚れが堆積していることがわかります:

これだけびっしりついていれば音が悪くなるのも納得です。
実験によるとこちらのケースでも高音成分が失われるそうで、低音弦はどちらの劣化要因でもぼやけた音になります。

クラシックギター弦の寿命を延ばす科学的な方法
以上の劣化要因から、クラシックギター弦の寿命を延ばす科学的な方法を解説します。
演奏前後のケアを心がける
弾く前に手を洗う
一番手軽で効果的な方法は、演奏前に手を洗うことです。
低音弦の劣化は汗や皮脂による金属の腐食が支配的ですので、演奏前に手を洗えば汗や皮脂を劇的に減らし、低音弦の寿命を延ばすことができます。
ただし、市販のハンドソープには保湿剤が含まれていることがあり、これが逆に弦に悪影響を及ぼす可能性があります。

弦の寿命を延ばすという観点では無添加の固形石鹸が望ましいでしょう。皮脂を分解する力がより強い食器用の中性洗剤もおすすめです(手荒れに注意)。
外出先や本番直前であれば、エタノール消毒液に含まれるアルコールに脂分を溶かす効果がありますので、ティッシュなどに含ませて指を拭くのも良いかもしれません。
ただし、エタノールはクラシックギターに使われるセラック塗装を溶かしますのでご注意ください。

セラックなどクラシックギターに使われる塗装それぞれの注意点はこちらの記事で解説しています:
弾いた後に弦を拭く
演奏後に弦を拭くことで金属の腐食や汚れの固着が始まる前に原因を取り除けます。
ここでポイントはマイクロファイバークロスを使い、弦の表面をなでるだけでなく、弦を軽く挟んで拭くことです。
これによって裏面も拭き取れますし、巻弦の隙間に入り込んだ汗を毛細管現象で吸い出すことができます。
専用クリーナーや潤滑剤を活用する
市販のメンテナンス用品もおすすめです。
たとえばDRのStringLifeは弦の表面に分子レベルの保護層を形成し、汗や酸素との接触を物理的に遮断してくれます:
同様の製品はダダリオやMusic Nomadからもリリースされています;

こちらの記事では私が実際に使った潤滑剤をレビューしています:
また、ToneのFinger Easeは弦の摩擦を減らし、傷や摩耗を減らします:
いずれもつけすぎると逆に汚れを吸着させたり、指板の木材を痛めたりする可能性がありますので、適量の使用を心がけてください。
長寿命の弦を使う
比較的新しい弦は長寿命を売りにしています。
たとえばダダリオのXTシリーズやEXPシリーズはコーティングによって腐食や汚れの堆積を防ぎ、寿命を延ばすという仕組みです。
長寿命の弦についてはこちらの記事でまとめていますので参考にしてください:
ナットの溝の摩擦を減らす
ナットの溝の摩擦が大きいと、摩擦熱などによって弦が局所的に劣化しやすくなります。
こちらの記事で紹介しているナットの溝に塗布するグリスを使用すると摩擦を減らせるでしょう:
弦の張力を緩める
2週間から3週間など、長期間弾かない場合は、弦の張力を緩めるとクリープの進行を防止できます。
頻繁に弾く場合は弦の音程が安定しづらくなるほか、楽器への影響が気になるかもしれません。
煮沸洗浄や超音波洗浄は?
ギターブームのころは弦をゆでて音を復活させていたという話を聞いたことがあります。
結論から言えば煮沸洗浄によって巻き線に固着した皮脂を溶かし、短期的には高音域の音質を改善することが可能です。
ただ、熱によって低音弦の芯線に使われているナイロンが収縮・変質し、音程が安定しづらくなる可能性があります。
皮脂を溶かすという目的であれば超音波洗浄のほうが熱を使わない分おすすめです。
原因がわかれば寿命を延ばせる
この記事で紹介したようにクラシックギター弦の劣化は科学的に理由が解明されています。その理由を知れば対策をとることは可能です。
まずは今日から、演奏前の手洗い(無添加石鹸)と、演奏後の裏面まで含めた拭き取りを始めてみてください。それだけで、次回の弦交換までの期間が延びるはずです。
ただ、いくら頑張っても劣化を0にしたり、弦の状態を新品同様に戻したりすることはできません。
消耗品なのでもったいないことは確かですが、ギターのためにもできるだけ早く交換することをお勧めします。























コメント
こんにちは(*゚▽゚*)!高音弦についての劣化についてですがフラットに当たって凹み真円度が下がる事と折り畳みされてた分子鎖が伸びきってしまうと縦方向に力が効率的に行きすぎるのでパツパツした音になります。
最近は芯線のコーティングを4弦だけ変えたので4弦の強度はアップしました\\\\٩( ‘ω’ )و ////
薮 様
貴重なコメントありがとうございます。記事に情報を追加させていただきます。
効率的に力がいきすぎてだめというのは面白いですね。かといって効率が悪すぎてもだめでしょうから、難しそうです。
フィガロ弦のことは存じ上げていましたがまだ試せておらず、当サイトの弦の感想にも追加できていません。すみません。。。そのうち試したいとは思っているのですが。。。
高音弦もなんだかんだで芯鞘構造みたいなもんなんです(*゚▽゚*)⭐️
フィガロ弦レビューいつかお待ちしてますね!