クラシックギターの重要な構成要素である糸巻き(ペグ、マシンヘッド、チューニングマシンとも)。その値段はピンからキリまで様々ですが、高い糸巻きのほうが調弦しやすいのは間違いありません。一方で、糸巻きが音質に影響を与えるかどうかについては、その理由も含めて議論があります。そこで、糸巻きが音に影響を与える理由を物理学や心理学の観点から紐解き、解説したいと思います。
値段に雲泥の差がある糸巻き
ギター用の糸巻きは様々なメーカーが製造していますが、その値段はピンからキリまでさまざまです。
日本の企業が販売している糸巻きであっても安いものは1セットの弦よりも安いです:
一方、ロジャースなどの高級糸巻きになると十万円以上になり、下手な高級ギターよりも高価になります。
一般的に高価な糸巻きはペグを軽く回しやすく、精度がよく、調弦がやりやすいといいます。また、精巧なデザインや細工が施されて見た目にも美しいです。
でもそれだけであれば、糸巻きにお金をかけるならギター本体やケースなどにお金をかけたほうが良いのでは?と思わないでしょうか。
実際、そのような考えを持って、糸巻きはある程度の値段でいいと考えている方もいます。
しかしながら、調査してみると糸巻きは以下の3つの観点でギターの音にも影響を与えていることがわかりました。
- 物理学
- 素材工学
- 心理学
この記事ではこれらについて1つ1つ解説していきたいと思います。
物理学:糸巻きの重さが音を変える

まずは物理学の観点で解説します。キーワードは糸巻きの重さです。
糸巻きが重い方が弦の振動を損なわない
ギターを効率だけで考えると、理想的には弦の振動のエネルギーはすべて音を出すために使うべきです。
しかしながら、実際には弦の振動はさまざまな箇所で吸収され、すべてが音になるわけではありません。
吸収される場所の1つがギターのヘッドです。弦の振動はナットや糸巻きを通してヘッドへと伝わり、ヘッドを振動させます。このとき、ヘッドがまったく振動しなければ弦の振動は弦自身に100%戻ります。
つまり、ヘッドが振動しづらいほうが弦のエネルギーがより音に使われるわけです。
このヘッドの振動しづらさを決めるのが「機械インピーダンス」と呼ばれる要素であり、物体が重いほど高くなります。
そして、機械インピーダンスが大きいほど振動を吸収せずに反射するのです。逆に機械インピーダンスが小さいとヘッド自体を振動させてエネルギーが失われてしまいます。
したがって、重い糸巻きを使った方が弦の振動エネルギーがより多く音になるといえます。
重い糸巻きは重い音、軽い糸巻きは明るい音に
重い糸巻きのほかの効果として弦の振動を支える箇所がしっかりすることで基音が安定して出るようになり、どっしりとした腰の強い音になると考えられます。
また、軽い糸巻きを使うとヘッドが振動し、サステインが短くなったり、振動が奏者に伝わることで「楽器全体が鳴っている」ように感じたりします。後者は楽器の反応が良いと感じることもあるでしょう。
また、基音成分が相対的に小さくなることにより、倍音成分の割合が増え、明るい印象を受けるかもしれません。
一般的な傾向としては、糸巻きの重さは以下のように音色に影響を与えるといえます:
| 特徴 | 重い糸巻き | 軽い糸巻き |
| 周波数上の特性 | 基音が安定し、低音が安定する | 高音の倍音が強調される |
| 聴感上の印象 | 太い、暗い、静か、重厚 | 鋭い、明るい、にぎやか、繊細 |
重い糸巻きが良い音とは限らない
ただし、ここで注意したいのは、重い糸巻きのほうが必ずしも良い音とは限らないということです。
ギターの音は効率のみで決まるものではなく、さまざまな周波数の音の組み合わせで決まります。重い糸巻きだと悪かった周波数のバランスが、軽い糸巻きだと改善されることもあるでしょう。
今のギターの音に不満があるのであれば、この違いを念頭に糸巻きを変えてみるのもいいかもしれません。
重い糸巻きのメーカーと軽い糸巻きのメーカー
糸巻きの重さは同じメーカー内でも製品によって素材や形状、装飾によってさまざまで、このメーカーが重いということは言いづらいです。
たとえば精度とコストパフォーマンスで人気のGotohの510シリーズでは、アルミ製の35G510AMやカーボン製のKG01-CAが片側55.2gである一方、真鍮製の35G510Pは片側79.2gです(おそらくプレートとねじのみの重量)。
510シリーズでいえば、サステインや低音重視なら真鍮製、レスポンスや明るさ重視ならアルミ製が良いでしょう。
ただ、さまざまなユーザーの実測値から、一般的な傾向としては有名メーカーは以下のような重量であるといわれています:
| メーカー・モデル | 一般的な重量 | 注記 |
| 廉価なペグ | 約120g~140g | プラスチックを多用し振動吸収が大きい |
| Gotoh 35G1600 | 約140g~160g | |
| Alessi(アレッシ) | 約140g~160g | |
| Gilbert(ギルバート) | 約160g~170g | |
| Gotoh 510シリーズ(真鍮製) | 約180g~200g | アルミ製は軽い |
| Rodgers(ロジャース) | 約180g~220g |
ギターの共振周波数が変化する

もう1つの理由は質量の変化による共振周波数の変化です。
ギターには特定の周波数が鳴りにくかったり逆に極端に鳴ってしまったりする特性があり、これは「デッドスポット」とか「ウルフトーン」とか呼ばれています。これらが出るポイントは共振周波数で決まります。
この共振周波数は質量が変わると変化するため、糸巻きを変えることでデッドスポットの場所を変え、音を変えることが可能です。
たった数十グラムの糸巻きの重さの違いで変わるか?という意味ではギター全体の10%未満でしょうから極端に変わるわけではないでしょう。ただ、変わらないわけではありません。
機械的な安定性が調弦を安定させる
高価な糸巻きは一般的に精度良く作られており、ギアのかみ合わせの遊びが安いものに比べて小さいです。
精度が高いとこちらの記事で紹介した「バックラッシュ」などがおきづらくなり、音程が安定します。
音程が狂いづらければ美しい音を維持できるようになり、結果として音がよくなったと思えるのです。
素材工学:音を吸収しやすい素材、しづらい素材

次は糸巻きの素材の観点から音の変化についてみてみましょう。
ローラーの素材による影響
弦の振動は必ずしもサドルとナットの間だけで起こるのではなく、ナットと糸巻きの間の弦も振動します。そしてこの振動はサドルとナットの間の振動にも影響を与えます。
そして、糸巻きのローラーがプラスチックの場合、プラスチックは比較的柔らかい物質なので、弦の振動のエネルギーの一部がプラスチックを微細に変形させるために使われます。
一方、アルミなど金属素材の場合は硬いので、ローラーの変形による損失が少ないです。
また、同じ「プラスチック」の中にもさまざまな素材があるので損失は糸巻きごとに変わるでしょう。
くりかえしになりますが、損失が小さい=良い音とは限りません。どのような音が好きかによってどちらが良いかは変わります。
摩耗や固着によって音が濁る
安価な糸巻きには安価な材料が使われ、製造上の精度も低く、摩耗や固着が起きやすい可能性が高いです。
ギアの摩耗が起こればそこからノイズが出るかもしれませんし、そうでなくても構造的に不安定な部分があればそれが原因で音が濁ることもあるでしょう。
また、固着が起きると正確な調弦がしづらくなり、濁った和音での演奏につながります。
心理学:リラックスが良い音を生む
最後は心理学の観点です。そういうこともあるかな、という風に読んでもらえればと思います。
演奏前の「儀式」としての調弦
ギターを演奏する際、一般的には演奏前に調弦を行います。
この調弦はいわば演奏前の「儀式」にあたり、儀式が快適に行えることはいつも通り演奏が行えるという自信につながります。
いわば、ルーティンのようなものです:
信頼できる糸巻きを使うことで、自信をもって演奏に臨めるかもしれません。
調弦への不安が没入状態に入るのを妨げる
良い演奏をするには没入状態(フロー状態)に入ることが重要です。
しかしながら、調弦に戸惑ったり、演奏中に音程が狂うことへの懸念があると、音楽への没入ができません。
結果としてギターの良い音を引き出せないでしょう。
逆に調弦を滞りなく行えることで、演奏への集中力が高まります。
糸巻きは音に影響を与える、でもベストなペグは人と楽器次第

ここまでさまざまな観点で糸巻きがギターの音に与える影響を見てきましたが、結論として言えることは「糸巻きはギターの音に影響を与える」ということです。
一方、どの糸巻きが音にとってベストなのか?という質問には「人と楽器次第」という煮え切らない回答となってしまいます。
今のギターがどんな音で、それを自分がどうしたいかによって選択は変わりますし、演奏のことを考えれば調弦のしやすさや精度、安定性のほうが重要かもしれません。
また、美しい糸巻きはギターを美しく彩り、演奏のモチベーションを向上してくれます。
ただ、ギター本体を買い替えるのに比べると、糸巻きは比較的安価かつ手軽に交換できます。また、ある程度良い糸巻きであれば良くも悪くも今の音からかけ離れた悪い音になる可能性は低いでしょう。
使っているギターの音を少しだけ改善したいのであれば、ギターの音に少し調味料を加える感覚で糸巻きを交換してみるというのも良いかもしれません。









