クラシックギターで演奏を行う際、一般的に左足を上げることでネックを高く上げます。このために使われるのが足台と支持具です。これまでにどちらがいいのか?という議論がたびたびおこなわれてきましたが、結論は出ていません。この記事では足台と支持具の違いを、人間工学や音響物理学の学術論文等を参照しながら解き明かしていきたいと思います。
歴史が長いのは足台、とは限らない
最近では新しい支持具がちょくちょく発売されていることもあり、足台を使うのが伝統的で支持具は新しいと思い込んでいる方が少なくありません。
でも、実は必ずしもそうとは言えないんです。たとえばディオニシオ・アグアドの肖像画にはトリポディソン(Tripodison)と呼ばれる支持台を使っているものがあります。

また、フェルナンド・ソルも1830年のギター奏法に関する著作において、机の角を使ってネックを高く上げています:
ここから時代を経ていくと足台を使う方法が主流になっていきます。そして、アンドレス・セゴビアが足台を使って演奏する姿が決定的となり、足台が主流になったようなのです。
身体をいたわりたい or 楽器を鳴らしたいなら支持具、楽器との一体感を感じたいなら足台
それではまず、足台と支持具の違いの結論をまとめると以下の表になります:
| 観点 | 足台 | 支持具 |
| 身体への負荷 | 大きい | 小さい |
| 楽器の振動への影響 | 大きい | 小さい |
| 楽器との一体感 | 高い | 低い |
| 塗装への影響 | 小さい | 大きい |
ギターを弾くときに腰痛や肩こりなど、体の不調を感じるなら支持具がおすすめです。科学的にも支持具のほうが負担が少ないとされています。
また、楽器の振動を妨げずに鳴らしたい場合も支持具が有利です。ただ、振動を妨げない=好みの音になるとは限らない点に注意が必要です。
楽器との一体感を感じられるのは足台であり、コントロールしやすいといわれています。支持具も慣れれば大丈夫かもしれませんが、好みもあるかもしれません。
塗装への影響は足台のほうが小さいです。塗装をできるだけきれいに保ちたいなら支持具は避けたほうが良いでしょう。
以下から詳細を解説していきます。
筋骨格障害を起こしやすいが、弾きやすい足台

今でも多くのギタリストが使っている足台ですが、腰痛などの筋骨格障害に悩まされている方が少なくありません。
その理由を人間工学や生物力学の観点から解説します。
61.3%ものギタリストが1年以内に痛みを覚え、17.2%が腰痛を含む背部痛を経験
Braulio Bosiが2018年にMTNA E-Journalに発表した論文によると、過去1年間に何らかの痛みを経験したギター奏者は61.3%に上ったとのことです(出典:“Classical Guitarists and Posture: What Should We Teach?”, Braulio Bosi, MTNA E-Journal ,2018)。
その中でも17.2%が腰痛を含む背部痛を経験したと記しています。
つまり、背部痛はクラシックギタリストの職業病ともいえるのです。
私も長年腰痛に悩まされ、その影響かぎっくり腰になったこともあります。やっぱり片足だけ上げる姿勢というのはよくないのですね。
骨盤の非対称性だけでなく血流障害や神経の圧迫も

足台による身体への影響は腰痛だけではありません。
左足に血流障害を起こしたり神経を圧迫したりして、わずか20分の練習で左足がしびれるという報告もあります。
また、ギターを保持してバランスをとるために腕の筋肉を使わなくてはならず、このために肩関節の可動域が低下し、首から肩にかけて慢性的な筋疲労が起きます。
足台は支持具よりも高い負荷がかかる
2020年に発表された論文では、9人の健康なクラシックギター専攻の学生を対象に、足台と支持具を使った場合の姿勢を最新のソフトウェアを使って評価しています(出展:“Analyzing working conditions for classical guitarists: Design guidelines for new supports and guitar positioning”, Sergio-Alberto Valenzuela-Gómez et al, NLM, 2020)。
このソフトウェアはREBA(全身姿勢評価法)と3DSSPP(三次元静的筋力姿勢予測プログラム)と呼ばれるもので、感覚的ではなく定量的に姿勢の評価が可能です。
評価の結果、支持具よりも足台が高い負荷をかけることが統計的に有意な差として証明されました。
弾きやすさは足台のほうが上
健康の観点ではこのように負荷が大きいとされる足台ですが、面白いことに弾きやすさの観点では支持具よりも高評価でした。
これは上記の論文によるもので、実験後に行われた参加者へのアンケートにおいて弾きやすさの観点では支持具よりも足台のほうが高評価だったといいます。
その理由の1つがクラシックギター専攻の学生はすでに足台を使う演奏に慣れており、身体がその姿勢に適応しているというものです。
さらに重要なもう1つの観点が「固有受容感覚的フィードバック(Proprioceptive feedback)」です。
足台を使用するとギターと身体が胸、両腿、右前腕の広範囲にわたって密着します。これによってどこに楽器が存在しどのような角度に弦が張られているかを詳細な把握できるため、楽器との一体感や高いコントロール感が得られるのだそうです。
一方、支持具を使った場合は楽器が身体から少し離れ、空中に浮遊しているような状態になります。これにより、足台よりも安定感にかけ、コントロールが難しいという印象を受けるのだそうです。
私も足台のほうが好きなのですが、確かにギターとの距離が近いという感覚は得られる気がします。なんというか、生き物を抱きかかえているような。一方、支持具は機械的なものを持っている感覚があります。
支持具が足台よりも健康に良いという科学的証拠はないという研究も

一方で、2009年の研究では支持具が足台よりも健康に良いという科学的証拠はないとされています(“Classical Guitar and Playing-Related Musculoskeletal Problems – A Systematic Review”, David Joohnson, Examensarbete Hostterminen, 2009)。
この論文では支持具と足台に関する13の論文のレビューを行っており、それらの文献はいずれも質が低く、有病率、発生率、相対リスクといった疫学票を分析できるものではないとしています。
つまり、確かに支持具が姿勢の改善をもたらすことは短期的な実験では証明可能だとしても、長期的に筋骨格系障害の発生率の低下に直結するかどうかは研究が足りず、学術的には断言できないのだそうです。
クラシックギターが世界的にそれほどメジャーではないので、長期的な研究はなかなか進まないのでしょう。
「楽器を鳴らす」という観点では支持具のほうが有利

支持具を避ける方々の主張として、支持具を使うと音が悪くなるいうものがあります。
ところが、楽器を鳴らすという観点では支持具のほうが有利なのだそうです。
人間の身体は強力な制振材
人間の身体は約60%の水分と柔軟な組織で構成されており、音の振動を強力に妨げます。
この結果、先述の「固有受容感覚的フィードバック(Proprioceptive feedback)」が逆にギターの裏板や側面板の振動を妨げてしまうのだそうです。
mwguitarsが示しているデータによると、ギターを空中につらした場合に比べ、裏板を身体や手で制振した状態で表面板をたたくと、100Hz付近に存在していた巨大な共振ピークが消えてしまいます。
この100Hz付近の音というのはギターにとって重要な周波数です。この付近の音は「呼吸モード(Breathing Mode)」と呼ばれる共振現象を生み、ギターの音色に低音の迫力と深みを与えます。
つまり、足台を使うことによってこの共振モードが殺され、楽器本来の音量と倍音構造を損うともいえるのです。
伝統的な楽器ほど影響が大きい
足台による音への影響は伝統的なクラシックギターのほうが大きいといいます。
スモールマンによるラティス構造やダマンによるダブルトップなど、現代的な楽器は表面版を薄く、裏板を厚く作っています。

現代的なギターの構造についてはこちらの記事をご覧ください:
このような楽器はそもそも裏板や側面板があまり振動しません。結果、足台による制振効果の影響が小さく、どちらを使ってもあまり変わらないという感覚が得られます。
一方、伝統的なクラシックギターは裏板も積極的に振動させることで、音に活気、複雑さ、特有の色付けをおこなっています。このような伝統的な工法の楽器は足台による影響が大きくなるのです。
なぜ足台のほうが音が良いといわれるのか
では、なぜ足台のほうが音が良いといわれるのでしょうか。
その理由の1つは支持具による「固有受容感覚的フィードバック(Proprioceptive feedback)」の喪失です。
一体感が失われることで楽器をうまくコントロールできなくなり、結果として音質の低下が生まれるといわれています。平たく言えば、楽器をうまく弾けないので良い音が出ない、ということでしょうか。
もう1つは必ずしも楽器が鳴るということが人間にとって良い音とはいえないという点です。
確かに周波数分析的には足台は不利なのですが、それが人間の感覚としての音の良しあしに直結数とは限りません。
むしろ、「ギターとはこういう音」という良い音の感覚が得られるのが、特定の周波数を抑えた音である可能性もあります。
塗装への影響は支持具が大きい
支持具を使いたくない理由の1つに、ギターの塗装面への影響を挙げる方もいます。

ギターの塗装についてはこちらの記事をご覧ください:
支持具の多くが使っている吸盤は、ギターの塗装面に以下のような影響を及ぼす可能性があります:
- 材料に含まれる成分が塗装面と化学反応を起こす
- 吸盤の吸い付く力が物理的に塗装を痛める
- 吸盤をつけている間、塗装が外気と隔離されることで化学反応が起こる
静電気吸着フィルムを貼った上から吸盤をつけることで防げることもありますが、足台に比べて影響があることは否めません。
磁力で固定するSageworkのような支持具もありますが、あまり一般的ではなく、日本での入手性も悪いです。また、クランプ型のものも物理的に塗装に影響を与えます。
枕型のダイナレットは影響は少なそうですが、足台同様の制振効果がありそうです。
塗装への影響という観点では、足台を上回ることはできないかもしれません。
支持具は足台より高額
一般的に、支持具は足台よりも高額です。
足台はメーカーや仕様を選ばなければ、日本の会社が販売しているものでも1,000円ほどで買えます。
一方、支持具は安いものでも2,000円以上しますし、人気や定評のあるものは1万円以上するものも少なくありません。たとえばギターリフトは高価な部類に入ります:
費用を抑えたいなら足台一択でしょう。

ジェネリック医薬品的な、同じような構造で安い支持具もあります:
番外編:足台も支持具も使わずに演奏する方法もある
番外編として、足台も支持具も使わずにクラシックギターを演奏する方法も存在します。
以下の記事を参考にしてください:
何を重視するかで選択が変わる
残念ながら完全無欠で誰にでもおすすめの足台や支持具は今のところ存在しません。
ただ、足台と支持具の違いは科学的に明らかにされてきており、以前の感覚的な判断に比べるとわかりやすくなってきています。
以下のような基準で選んでみてはいかがでしょうか?
| 判断基準 | おすすめ |
| 楽器との一体感がほしい | 足台 |
| 腰痛などの痛みを改善し、年をとっても長くギターを楽しみたい | 支持具 |
| 楽器を最大限鳴らして響かせたい | 支持具 |
| 塗装が大事 | 足台 |
| できるだけ安く済ませたい | 足台 |
とはいえ、いくら科学的にこうだといわれても、それが自分の感覚と一致するかはわかりません。
これまで足台しか使ったことがない方は、安いものでもいいので一度使ってみてはいかがでしょうか?また、逆に支持具を使っている方は足台を試してみてはいかがでしょうか?
もしかしたら新しい発見があるかもしれません。
当サイトでは足台や支持具の紹介やレビューを多数行っていますので、ぜひ参考にしてください。
















